2020年 06月 05日
吾もしてみむとて その6(入植者たちよ) |
「羆嵐」でヒグマに襲われた開拓村の住人は、明治の終わりに東北地方から北海道に移民した。最初に指定された築別の御領地は、アブや糠蚊、蝗などの大量発生地で、とてもではないが生活を続けられなかった。次に示されたのがそれよりは少し南にある苫前郡の山間部、渓流沿いの場所だった。そこを開墾し、作物を作り、ようやくそこで生きていく足がかりができたかと思う頃にヒグマが現れた。村人は再び村を捨てるしかなかった。
ヒグマが出るか出ないかに拘らず、開拓地に暮らすというのは生半可なことではないだろうと思う。そういえば「大草原の小さな家」も開拓者の家族の話だった。慣れない土地では、家族や集落の絆が強くなければ生きて行かれなかっただろう。
そんな、北海道に移り住んだ家族の物語があったことを思い出した。
最初に紹介するのは、原田康子「海霧」。明治のはじめに佐賀から釧路に渡った幸吉が、彼の地で妻を得て家族を持つ。その家族の物語であり、作者の血族の物語である。ほとばしるような光を放ちながら流星のように消えていった、幸吉の娘リツの存在が際立つ。
池澤夏樹の先祖もまた「海霧」の幸吉と同じころに北海道に入植している。こちらは淡路島から日高は静内へ。こちらは血族の歴史である一方で、和人とアイヌとの関係を描いた物語でもある。タイトルは「静かな大地」。この本の最後の方に「熊になった少年」という話が出てきて、また「羆嵐」のことを考えた。
さて、日本で入植といったら北海道だけれど、目を世界に向ければいくつかの入植地がすぐに思い浮かぶ。「愛人 ラマン」で知られるマルグリット・デュラスは、フランス領だった頃のサイゴンに生まれ育つ。宗主国からの入植者、一般的に考えれば恵まれた立場にあるはずの家族なのに、実際は困窮を極めている。「ラマン」ではそこまではっきりわからなかった家族の関係がよく見えるのが「太平洋の防波堤」。
上に挙げた3冊は自分の家族の物語だったけれど、フィクションとしての入植者の物語もある。ジャン=クリストフ・リュファンの「ブラジルの赤」は、16世紀に植民地建設のためフランスからブラジルに渡った人たちの物語。壮大な入植者の歴史というのではなく、あの時代のいろいろな力関係をうかがい知ることができておもしろい。これと、ある意味対をなすとも言えるのが、クリストフ・バタイユの「安南」。こちらはベトナムに派遣された宣教師の物語なのだが、余計なものを削ぎ落としていることで逆に説得力が増すように感じられた。邦訳は辻邦生だそうで、そちらもちょっと気になる。今朝から一所懸命探しているのに肝心の本が見つからないのが無念。
by poirier_AAA
| 2020-06-05 23:59
| 日本語を読む
|
Comments(4)
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fusk-en25 at 2020-06-06 02:39
池澤夏樹がこんなのを書いているのですね。知らなかった。
北海道の開拓では開高健のロビンソンの末裔が好きでしたね。
実は私も開拓民の子孫で。
アメリカのオレゴン州に明治40年ごろ父方の祖父母が入植して
10年間ほど住んでいます。
アメリカ生まれの父が早くに亡くなったので。
祖父母と私はあまり親しくなく。
またおそらく戦中嫌な思いをしたのか、
アメリカのことはほとんど話さなかったようでした。
ただ。私も尋ねようとする知恵がなかったのが。
今になって思うとちょっと残念な気はします。
北海道の開拓では開高健のロビンソンの末裔が好きでしたね。
実は私も開拓民の子孫で。
アメリカのオレゴン州に明治40年ごろ父方の祖父母が入植して
10年間ほど住んでいます。
アメリカ生まれの父が早くに亡くなったので。
祖父母と私はあまり親しくなく。
またおそらく戦中嫌な思いをしたのか、
アメリカのことはほとんど話さなかったようでした。
ただ。私も尋ねようとする知恵がなかったのが。
今になって思うとちょっと残念な気はします。
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poirier_AAA at 2020-06-06 06:09
> fusk-en25さん、こんにちは。
アメリカへの入植は、アメリカに残っても日本に戻っても、どちらも大変な経験をすることになったでしょうね。難しい時代をを通ってきましたから。でも、あの時代の海外経験、話を聞くことができなかったのはちょっと残念ですね。下手な小説を読むより、人の体験談を聞く方がよほどおもしろかったりしますものね。
開高健の「ロビンソンの末裔」ですね。これもメモメモ。
アメリカへの入植は、アメリカに残っても日本に戻っても、どちらも大変な経験をすることになったでしょうね。難しい時代をを通ってきましたから。でも、あの時代の海外経験、話を聞くことができなかったのはちょっと残念ですね。下手な小説を読むより、人の体験談を聞く方がよほどおもしろかったりしますものね。
開高健の「ロビンソンの末裔」ですね。これもメモメモ。
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at 2020-06-06 08:06
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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by
poirier_AAA at 2020-06-07 02:07
> kagikome さん、こんにちは。
なるほど、そんなドラマがありましたか。もう見られないのは残念ですね。
入植者たちの大変なところは、後戻りができないことなんです。「羆嵐」で被害にあった集落の人たちも、もともとは東北地方に住んでいたのですが、水害につぐ水害で飢餓状態となり土地を捨てるしかなくなって北海道に希望を求めたのです。前に進むのは辛い、でも後ろは崖っぷち。その状況こそが一番辛いかもしれませんよね。
なるほど、そんなドラマがありましたか。もう見られないのは残念ですね。
入植者たちの大変なところは、後戻りができないことなんです。「羆嵐」で被害にあった集落の人たちも、もともとは東北地方に住んでいたのですが、水害につぐ水害で飢餓状態となり土地を捨てるしかなくなって北海道に希望を求めたのです。前に進むのは辛い、でも後ろは崖っぷち。その状況こそが一番辛いかもしれませんよね。