2016年 09月 28日
卵焼き |
伊丹十三監督の「タンポポ」には、
いくつか強烈に印象に残るシーンが出てくる。
そのひとつが最後のチャーハンの場面。
線路の近くの質素なアパートに住む5人家族。
サラリーマンの夫が息急き切って帰ってくると、
医者が布団に横たわった妻の枕元で脈をとっている。
青白くやせ細り、もう目も開けられないほど弱って横たわる妻。
男は枕元の医師を押しのけ、必死の形相で妻を揺さぶって呼びかける。
かあちゃん、目を開けろ、何かしろ、このままじゃ死んでしまうぞ。
そうだ、メシを作れ。
何を言っても反応のなかった妻が、メシという言葉に反応する。
ふらふらと立ち上がって台所にむかい、ネギを刻み始める。
黙って座っていた子どもたちは、それを見て慌てて茶碗と箸を用意する。
チャーハンができた。
ふらつきながら中華鍋を持ってテーブルに近づく妻。
一番年下の子どもの茶碗をとって、チャーハンをよそってやる。
夫と大きな子どもは自分でチャーハンをよそう。
うまい、うまいよ、かあちゃん。
夫の言葉を聞きながら子どもが食事をする様子をながめ、
うっすらと微笑んだ妻は、そのまま後ろにバタリと倒れる。
医師が駆け寄って脈をとる。瞼を押し上げてみる。
ご臨終です。
子どもたちは泣き始める。
そこに叱責するような男の声がかぶさる。
お前たち、食べろ。
あったかいうちに食べろ。かあちゃんが作った最後のメシだ。
調子が悪いなぁと感じるときでも、
まぁ動けないわけじゃないんだからと頑張って台所に立つことがある。
そういうとき、ふっとこのシーンを思い出す。
もしあれが自分だったら?とつい考える。
死に瀕しているときに「メシを作れ」なんて命令調で言われたら、
残りの力を振り絞って家族に説教したくなるかもしれない。
ちょっと待った、その口調はなに?
それに自分の食べるものくらい自分で作れなくてどうするのよっ!
あれは夫の愛情だったのかもしれないし、
妻であり母である女は、ひょっとしたらあれで幸せだったのかも。
でも、それにしてもあんまり切なすぎる。
個人的には、まったくもって気持ちよくない。
しかし、現実問題としてごく冷静に考えてみると
ふらふらで手も足もおぼつかないときにチャーハンというのは、
どう考えてもハードルが高すぎやしないか。
チャーハンを作るには、あらかじめご飯が炊いてないとダメなのだ。
中に入れる具(ネギとか卵とか)だって買い置きが必要。
ふらふらの人が中華鍋を振るうなんて荒技ができるとも思えない。
そういうとき一番いいのは、卵焼きかもしれないな〜と思う。
卵焼きなら卵さえあればできる。
食べたときの充実感もある。
卵を必要な数だけだしてきて、コツコツと一つずつ割る。
卵を溶いて味をつけ、何回にも分けてくるりくるりと巻きながら焼く。
できあがった卵焼きは金色につやつや光って、
口に入れればこってりした黄身にほどよい甘みと塩味が混じって、
あたたかな幸福感が口いっぱいに広がる。
家庭で作る料理で、
もっとも懐かしさを感じるのは卵料理ではないかと思う。
料亭で食べる茶碗蒸しも蕎麦屋で食べる卵焼きも、
そりゃあ美味しいものではあるが、
家庭で作ったものとは比べものにならない。
卵料理ばかりは「どうだ旨いだろう」という味ではなくて、
どこか田舎くさい素朴な味つけが似合うような気がするのだ。
まあるい殻の中に満月のような黄金色の黄身が眠る。
それを料理する人がいて、一緒に食べる人がいる。
卵は全き世界の象徴かな。
by poirier_AAA
| 2016-09-28 17:10
| 味わう
|
Comments(4)
Commented
by
germanmed at 2016-10-01 04:27
これを読んでから、ずーっとずーっと頭から離れません。
残酷物語?それとも感動するべきシーン?ブラックユーモア?
一度、「タンポポ」を観てみなくては・・・
残酷物語?それとも感動するべきシーン?ブラックユーモア?
一度、「タンポポ」を観てみなくては・・・
0
Commented
by
poirier_AAA at 2016-10-01 06:40
> germanmedさん、こんばんは。
うわ〜この記事がトラウマになりませんように。安眠妨害してませんように。
そう、このシーンって困るでしょう?
わたしは最初見た時ものすごくグロテスクだと思いました。冗談じゃないよ、と。
でもネットで感想を見ると「感動した」という人も結構いるようなんです。
「タンポポ」観てください。真夜中にラーメンが食べたくなりますから(笑)
ラーメン屋の話が外箱で、中にいくつかこういった食べ物にまつわる話が出てくるのです。
他にも印象的な場面はあるのですが、それは観てのお楽しみ、ということで。
うわ〜この記事がトラウマになりませんように。安眠妨害してませんように。
そう、このシーンって困るでしょう?
わたしは最初見た時ものすごくグロテスクだと思いました。冗談じゃないよ、と。
でもネットで感想を見ると「感動した」という人も結構いるようなんです。
「タンポポ」観てください。真夜中にラーメンが食べたくなりますから(笑)
ラーメン屋の話が外箱で、中にいくつかこういった食べ物にまつわる話が出てくるのです。
他にも印象的な場面はあるのですが、それは観てのお楽しみ、ということで。
Commented
at 2017-07-27 12:47
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented
by
poirier_AAA at 2017-07-27 17:02