2013年 03月 28日
点が繋がる |
伝言ゲームみたいな話なのだけれど。
先日の書籍見本市でサインを貰いながら言葉を交わした作家が、
そういえば、こういう面白い企みに誘われたことがあってね、と
とあるアカデミックなサイトを教えてくれた。
学者たちが集まるサイトなので、
わたしみたいな付け焼き刃のフランス語使用者には歯ごたえがありすぎて、
言葉も難しければ、話の内容も難しくて、
眉間にしわを寄せながら読んでいる。
その中で、件の作家と意見交換をしていた文学者がいた。
全然バックグラウンドを知らない人だったので検索していたら、
その学者の講演の音声がたくさん出て来た。
そこにジュリアン・グラックという作家の名前が出て来た。
その名前を耳にして、あれっ?と思う。
昨日から読み始めたミシェル・トゥルニエ、
彼が確か現代の作家で読むべき人として、この名前を挙げていたのだ。
全然関係ないところから発した話が、
偶然同じ作家の名前に辿り着くなんて。
わずか1週間のあいだに生じた点が、次々繋がって行く。
ジュリアン・グラック。
どんな文章を書く人なのかまったく知らないのだけれど、
なぜか、どういうわけか糸が張り巡らされて行く。
すごく遠い彼方にあったフランス語の世界が、
いつの間にかぐんと近くなっていたような、
嬉しさと驚きを感じてしまった。
点がいくつもあるのは面白い。
でも、その一見無関係な点同士が繋がり始めたとき、
世界が一気に広くなって視野が開ける。
自分がどの地点から眺めているのか、
何を、どの方向を向きたいと思っているのか、
ふっと自分の立ち位置が見えたりする。
気のせいかもしれないけれどね、
何か見えてきそうな気もする。
もう少し目を凝らしてみよう。
先日の書籍見本市でサインを貰いながら言葉を交わした作家が、
そういえば、こういう面白い企みに誘われたことがあってね、と
とあるアカデミックなサイトを教えてくれた。
学者たちが集まるサイトなので、
わたしみたいな付け焼き刃のフランス語使用者には歯ごたえがありすぎて、
言葉も難しければ、話の内容も難しくて、
眉間にしわを寄せながら読んでいる。
その中で、件の作家と意見交換をしていた文学者がいた。
全然バックグラウンドを知らない人だったので検索していたら、
その学者の講演の音声がたくさん出て来た。
そこにジュリアン・グラックという作家の名前が出て来た。
その名前を耳にして、あれっ?と思う。
昨日から読み始めたミシェル・トゥルニエ、
彼が確か現代の作家で読むべき人として、この名前を挙げていたのだ。
全然関係ないところから発した話が、
偶然同じ作家の名前に辿り着くなんて。
わずか1週間のあいだに生じた点が、次々繋がって行く。
ジュリアン・グラック。
どんな文章を書く人なのかまったく知らないのだけれど、
なぜか、どういうわけか糸が張り巡らされて行く。
すごく遠い彼方にあったフランス語の世界が、
いつの間にかぐんと近くなっていたような、
嬉しさと驚きを感じてしまった。
点がいくつもあるのは面白い。
でも、その一見無関係な点同士が繋がり始めたとき、
世界が一気に広くなって視野が開ける。
自分がどの地点から眺めているのか、
何を、どの方向を向きたいと思っているのか、
ふっと自分の立ち位置が見えたりする。
気のせいかもしれないけれどね、
何か見えてきそうな気もする。
もう少し目を凝らしてみよう。
by poirier_AAA
| 2013-03-28 01:40
| 日々の断片
|
Comments(2)
Commented
by
saheizi-inokori at 2013-03-28 10:44
遠くに見えたものが突然隣にあることがわかったりして、、嬉しい驚きの一瞬ですね。
いつも神経衰弱ゲームを連想するのです。
いつも神経衰弱ゲームを連想するのです。
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Commented
by
poirier_AAA at 2013-03-28 19:01
>saheiziさん、こんにちは。
点が線になる瞬間って、感動しますよね。
どんぴしゃの言葉を思いついた時や巧い表現に出会ったときなんかも、いろんな回路がぱちっと繋がったような感じがして嬉しいものです。
点が線になる瞬間って、感動しますよね。
どんぴしゃの言葉を思いついた時や巧い表現に出会ったときなんかも、いろんな回路がぱちっと繋がったような感じがして嬉しいものです。