2011年 07月 09日
Pablo Trapero「Leonera」 |
先日、偶然テレビで見た作品。
2008年のアルゼンチン映画。同年のカンヌ映画祭にも出品されたようです。
予備知識も何も無く、なんとなく見始めたら止められなくなってしまったという状況だったのですが、内容を知っていたら、あるいは一部でも映像を見ていたら見る気になったかどうか‥‥。というのもこの映画、ほとんどが“檻の中”の映像なのです。
主人公ジュリアが目覚めた時、彼女の両手は血で染まっています。体にもひっかいたような生々しい傷跡が見えますが、彼女はそれらにまったく頓着することなく平然とシャワーを浴びて外出します。家に戻った時、彼女は全裸で血まみれになった男性2人の体を見つけます。ジュリアは怯えて座り込んでしまう。やがて警察がやって来て現場検証を始めます。男性2人のうち1人は死んでいたけれど、もう一方はかろうじて息がある。でも、これが誰なのかまったく説明されません。何が起きたのだ?見ている方が煙に巻かれているうちに、ジュリアは逮捕され身柄拘束されてしまいます。
ほとんど説明らしい説明がないままで進んで行く映画でした。
本当にジュリアがやったのか?冤罪か?
事件の真相はどうなのか?
刑務所内の壮絶な環境
他の囚人、看守や警官との関係
刑務所内での育児
どれか1つ選んだら映画が1本で来てしまうようなテーマだと思うけれど、この映画では特に問題にされていないような印象を受けました。
延々と続く刑務所内の風景の中で、では何がテーマかというと、主人公ジュリアの精神的な自立かなという気がします。
ジュリアは最初は完全に受け身なのです。混乱していたせいもあるかもしれないけれど、不安定で人に心を開くこともできません。それが、子どもを産み、迷いながら人に助けてもらいながら育児を続けるうちに少しずつ落ち着きを取り戻して行きます。自然な笑顔も出るようになります。母親との関係、子どもとの関係、囚人仲間との関係。彼女の世界は物理的にも人間関係においても非常に限られています。けれど、その中で少しずつ精神的な自分の足場を築いて行く様子がうかがえるのです。
そんなこともあって、おそろしく気分が滅入る刑務所内の風景にも拘らず、特定の登場人物にイヤな感情を抱くこともなく、見終わった後には一種の爽やかさすら感じたのでした。
よくわからないうちに刑務所送りになってしまうというストーリーに興味を覚えたのも確かですが、それだけだったら刑務所内の惨めな環境を見た時点で目を背けたくなっていたかもしれません。それでも見たいと思わせるほど惹き付けられたのは、主人公ジュリアを演じた女優Martina Gusmanの魅力によるところが大きいです。
実生活では監督Pablo Praperoのパートナーである彼女、撮影中に実際に妊娠していたそうで、その姿をカメラの前に曝しています。台詞は決して多くない、むしろ彼女の引き結んだ口元やくっきりした顎の線、大きく見開かれた目、瞬きもせずに何かを見つめる視線などが彼女の内心を代弁しています。激しい怒りを発散する姿も感情的な涙にくれる姿もほとんどない、実に淡々とした映像が続きますが、その中から彼女が少しずつ変わって行く様子がうかがえます。その淡々とした調子が、見ている方にはしっくりと心に馴染むのです。
ところで、ジュリアは妊娠していたので、妊婦あるいは乳幼児連れの女囚専用の区画に収容されます。他の場所とは違って、この区画内の独房に鍵はありません。区画内は出歩き自由で、各独房内はさながら小さなワンルームの部屋のような趣なのです。シャワーとトイレは共通。独房内ではお茶を入れるくらいのことはできるようになっています。(ただし、どこもかしこも気が滅入るような汚さです)刑務所内には子どもたちのための保育施設もあります。刑務所内で洗礼式もあればクリスマスも、誕生会もある。サンタクロースがやってきて子どもにプレゼントを贈ってくれます。鉄格子さえ無ければ普通の母子の生活となにもかわりません。そのくせ子どもが鉄格子に登って遊んでいる、その不自然さ。
いろいろなテーマを含んでいると思いますが、荒んだ映像ばかりが続くにもかかわらず、荒々しさも激情にかられる女の姿もほとんど無く、静かで、しかし強さを感じる印象深い作品でした。
作品の抜粋はこちらから見られます。
フランス語字幕
英語字幕の予告編
そういえば、この作品の直後に放送されたのが日本映画の「女囚701号さそり」でした。テレビの鬼平犯科帳ですっかりファンになった梶芽衣子さんが主演というので見てみましたが、、、、、いろいろな意味ですごかったです。同じ女囚ものでも、作る人によってこうもアプローチの仕方が違うものか〜と。いや〜、登場人物の設定もすごくて、絶句しましたです。日本に居たらまず見ることもなかったであろう作品を目にすることができたのも、フランスに来たおかげかと。
2008年のアルゼンチン映画。同年のカンヌ映画祭にも出品されたようです。
予備知識も何も無く、なんとなく見始めたら止められなくなってしまったという状況だったのですが、内容を知っていたら、あるいは一部でも映像を見ていたら見る気になったかどうか‥‥。というのもこの映画、ほとんどが“檻の中”の映像なのです。
主人公ジュリアが目覚めた時、彼女の両手は血で染まっています。体にもひっかいたような生々しい傷跡が見えますが、彼女はそれらにまったく頓着することなく平然とシャワーを浴びて外出します。家に戻った時、彼女は全裸で血まみれになった男性2人の体を見つけます。ジュリアは怯えて座り込んでしまう。やがて警察がやって来て現場検証を始めます。男性2人のうち1人は死んでいたけれど、もう一方はかろうじて息がある。でも、これが誰なのかまったく説明されません。何が起きたのだ?見ている方が煙に巻かれているうちに、ジュリアは逮捕され身柄拘束されてしまいます。
ほとんど説明らしい説明がないままで進んで行く映画でした。
本当にジュリアがやったのか?冤罪か?
事件の真相はどうなのか?
刑務所内の壮絶な環境
他の囚人、看守や警官との関係
刑務所内での育児
どれか1つ選んだら映画が1本で来てしまうようなテーマだと思うけれど、この映画では特に問題にされていないような印象を受けました。
延々と続く刑務所内の風景の中で、では何がテーマかというと、主人公ジュリアの精神的な自立かなという気がします。
ジュリアは最初は完全に受け身なのです。混乱していたせいもあるかもしれないけれど、不安定で人に心を開くこともできません。それが、子どもを産み、迷いながら人に助けてもらいながら育児を続けるうちに少しずつ落ち着きを取り戻して行きます。自然な笑顔も出るようになります。母親との関係、子どもとの関係、囚人仲間との関係。彼女の世界は物理的にも人間関係においても非常に限られています。けれど、その中で少しずつ精神的な自分の足場を築いて行く様子がうかがえるのです。
そんなこともあって、おそろしく気分が滅入る刑務所内の風景にも拘らず、特定の登場人物にイヤな感情を抱くこともなく、見終わった後には一種の爽やかさすら感じたのでした。
よくわからないうちに刑務所送りになってしまうというストーリーに興味を覚えたのも確かですが、それだけだったら刑務所内の惨めな環境を見た時点で目を背けたくなっていたかもしれません。それでも見たいと思わせるほど惹き付けられたのは、主人公ジュリアを演じた女優Martina Gusmanの魅力によるところが大きいです。
実生活では監督Pablo Praperoのパートナーである彼女、撮影中に実際に妊娠していたそうで、その姿をカメラの前に曝しています。台詞は決して多くない、むしろ彼女の引き結んだ口元やくっきりした顎の線、大きく見開かれた目、瞬きもせずに何かを見つめる視線などが彼女の内心を代弁しています。激しい怒りを発散する姿も感情的な涙にくれる姿もほとんどない、実に淡々とした映像が続きますが、その中から彼女が少しずつ変わって行く様子がうかがえます。その淡々とした調子が、見ている方にはしっくりと心に馴染むのです。
ところで、ジュリアは妊娠していたので、妊婦あるいは乳幼児連れの女囚専用の区画に収容されます。他の場所とは違って、この区画内の独房に鍵はありません。区画内は出歩き自由で、各独房内はさながら小さなワンルームの部屋のような趣なのです。シャワーとトイレは共通。独房内ではお茶を入れるくらいのことはできるようになっています。(ただし、どこもかしこも気が滅入るような汚さです)刑務所内には子どもたちのための保育施設もあります。刑務所内で洗礼式もあればクリスマスも、誕生会もある。サンタクロースがやってきて子どもにプレゼントを贈ってくれます。鉄格子さえ無ければ普通の母子の生活となにもかわりません。そのくせ子どもが鉄格子に登って遊んでいる、その不自然さ。
いろいろなテーマを含んでいると思いますが、荒んだ映像ばかりが続くにもかかわらず、荒々しさも激情にかられる女の姿もほとんど無く、静かで、しかし強さを感じる印象深い作品でした。
作品の抜粋はこちらから見られます。
フランス語字幕
英語字幕の予告編
そういえば、この作品の直後に放送されたのが日本映画の「女囚701号さそり」でした。テレビの鬼平犯科帳ですっかりファンになった梶芽衣子さんが主演というので見てみましたが、、、、、いろいろな意味ですごかったです。同じ女囚ものでも、作る人によってこうもアプローチの仕方が違うものか〜と。いや〜、登場人物の設定もすごくて、絶句しましたです。日本に居たらまず見ることもなかったであろう作品を目にすることができたのも、フランスに来たおかげかと。
by poirier_AAA
| 2011-07-09 19:39
| 観る・鑑賞する
|
Comments(2)
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by
coco
at 2011-07-10 13:58
x
テーマが何なのか??
それがわからないままに進む映画は非常に多くて
せっかくレンタルしたのになんだったのだろう??と
思う事もしばしば^^;
ただ、ダラダラ撮ってたわけではなくて何らかのメッセージ
があるはずなのでそれを探るのがまた楽しかったりもしま
すよね。
それがわからないままに進む映画は非常に多くて
せっかくレンタルしたのになんだったのだろう??と
思う事もしばしば^^;
ただ、ダラダラ撮ってたわけではなくて何らかのメッセージ
があるはずなのでそれを探るのがまた楽しかったりもしま
すよね。
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Commented
by
poirier_AAA at 2011-07-11 00:49
>cocoさん、2度目のこんにちは。
この映画は個人的にはかなりヒットでした。偶然見られてラッキーだったと思いましたよ。
わたしは映画は映像の綺麗なのが好きなんです。だから多少テーマがぶれても、ストーリーの詰めが甘くても、映像が素晴らしければまぁいいかなぁと点が甘くなったりします。
でもこれは刑務所内の話だったので、もう汚くて汚くて‥‥最初はぞぞぞぞ〜っとしました。それでも見続けられたのは、汚さをカヴァーして余りあるカメラワークと主役の女優の演技力と脚本力だったのかもって思います。面白いものですよね。
この映画は個人的にはかなりヒットでした。偶然見られてラッキーだったと思いましたよ。
わたしは映画は映像の綺麗なのが好きなんです。だから多少テーマがぶれても、ストーリーの詰めが甘くても、映像が素晴らしければまぁいいかなぁと点が甘くなったりします。
でもこれは刑務所内の話だったので、もう汚くて汚くて‥‥最初はぞぞぞぞ〜っとしました。それでも見続けられたのは、汚さをカヴァーして余りあるカメラワークと主役の女優の演技力と脚本力だったのかもって思います。面白いものですよね。