2011年 03月 18日
辰巳浜子「料理歳時記」 |
本棚の料理本の数とレパートリーの数に激しい落差があるよね、と夫から皮肉を言われているわたしです。そんな山のような料理本の中にあって、他とは一線を画して輝いているのがこの本。著者の辰巳浜子さんは、料理研究家の辰巳芳子さんのお母様です。
詳しいレシピが載っているわけでもない、簡単であることに価値を置かない、戦中戦後の食糧難をインスタント食品なしで乗り超えた料理人の本です。何が素晴らしいかといって、この本を読んでいると「あぁ日本人に生まれて良かった」と心底嬉しく感じられるところ。そして、いわゆるレシピではないにも拘らず、たまらなく料理欲が湧いてくるところです。
歳時記と名がついていることからわかるように、春夏秋冬と季節によって分けられており、それぞれにその季節の素材の話が出てきます。
日本の歳時記ですから、もちろんフランスに住むわたしがそっくり真似できるわけでもない。それでも、季節とともに生き、旬のものを美味しくいただくことの大切さを感じられるのが嬉しいのです。そして、いかにも明治生まれの女性らしい文章が気に入っています。先頃ご紹介した藤本としさんとも通じるところがある、すっきりしていて甘えの無い文章です。
一部を抜粋して書き写してみます。
春ですから、春の野草について書いた部分からお読みいただきます。
(抜粋開始)
たんぽぽは、若い葉は生のままサラダにして美味しいものです。塩湯で茹でるか、灰水で茹でてアクを出して、おひたし、胡麻和え、煮びたしによろしい、ことに根は精力素とか。根をおろし金でおろして、本胡麻油で炒めて、味噌を加えて炒め味噌にします。根を炒めた分量と同僚の味噌を加え、好みによって味醂を加えます。砂糖は使わぬほうがよろしい。
また,嫁菜とたんぽぽに菜の花を混ぜて、胡麻よごしにしましょう。胡麻は、ごみや石を取り除いて、香ばしく煎り、ざっと摺って、味醂、酒、醤油を同量の割合で加えたもので和えます。胡麻の香ばしさと、酒の匂いと、嫁菜、たんぽぽの香りと、菜の花のふくらみのある味がとけ合って春の匂いが満喫できます。ただし、半摺りの胡麻で和えるところがいいので、ねとねとに摺った胡麻では重っくるしいことになります。この場合、胡麻の油や甘みは必要がなく、香ばしさだけがこれらの野草の風味の引き立て役にほしいとお考え下さい。ひと口に胡麻和えといっても、相手によって摺り加減の工夫が求められるものがあるのをご理解下さい。
(抜粋終わり)
如何です?読んでいるだけで春の香りが口一杯に広がるでしょう。
著者は別なところで「戦争という一世一代の修練に相遭うて乏しさのなかから自然を見直し、家族の命を守ろうとして野草を食べる目が開きました」と書いています。乏しい配給に頼らず、自ら土をおこして畑を作ったそうです。なんとか野草が食べられないかと工夫して、アクを抜いたり乾燥させたり塩蔵したりと工夫することを覚えられたとか。
この文章を読んでいると、そんなご苦労は少しも感じられません。あるのはただ、自然の恵みに対する感謝と、素材の味を十分にいかして楽しもうとする熱心さばかり。それがあんまり生き生きと楽しそうなので、こちらまで元気が出てきます。それに、読んでいると味や歯ごたえが伝わってくる気がするんですよ。今どきのレシピ本では絶対に味わえない楽しさだと思います。
わたしの手持ちの中公文庫によると、この本の初版は1977年だそうです。取り上げられている素材には、今では庶民の手に入り難くなってしまったもの、一般の家庭では使わなくなってしまったものも含まれます。それでも、日本という国の四季の食材、日本人の料理のこころ、工夫の仕方、食の楽しみ方といったことが余すところ無く書かれており、今でも十分に役に立つ料理のヒントがたくさん含まれているので、この1冊だけは絶対に手放したくない愛蔵愛読の本なのです。いまでも比較的手に入り易いはず。中公文庫です。もし機会がありましたら、是非どうぞ。
詳しいレシピが載っているわけでもない、簡単であることに価値を置かない、戦中戦後の食糧難をインスタント食品なしで乗り超えた料理人の本です。何が素晴らしいかといって、この本を読んでいると「あぁ日本人に生まれて良かった」と心底嬉しく感じられるところ。そして、いわゆるレシピではないにも拘らず、たまらなく料理欲が湧いてくるところです。
歳時記と名がついていることからわかるように、春夏秋冬と季節によって分けられており、それぞれにその季節の素材の話が出てきます。
日本の歳時記ですから、もちろんフランスに住むわたしがそっくり真似できるわけでもない。それでも、季節とともに生き、旬のものを美味しくいただくことの大切さを感じられるのが嬉しいのです。そして、いかにも明治生まれの女性らしい文章が気に入っています。先頃ご紹介した藤本としさんとも通じるところがある、すっきりしていて甘えの無い文章です。
一部を抜粋して書き写してみます。
春ですから、春の野草について書いた部分からお読みいただきます。
(抜粋開始)
たんぽぽは、若い葉は生のままサラダにして美味しいものです。塩湯で茹でるか、灰水で茹でてアクを出して、おひたし、胡麻和え、煮びたしによろしい、ことに根は精力素とか。根をおろし金でおろして、本胡麻油で炒めて、味噌を加えて炒め味噌にします。根を炒めた分量と同僚の味噌を加え、好みによって味醂を加えます。砂糖は使わぬほうがよろしい。
また,嫁菜とたんぽぽに菜の花を混ぜて、胡麻よごしにしましょう。胡麻は、ごみや石を取り除いて、香ばしく煎り、ざっと摺って、味醂、酒、醤油を同量の割合で加えたもので和えます。胡麻の香ばしさと、酒の匂いと、嫁菜、たんぽぽの香りと、菜の花のふくらみのある味がとけ合って春の匂いが満喫できます。ただし、半摺りの胡麻で和えるところがいいので、ねとねとに摺った胡麻では重っくるしいことになります。この場合、胡麻の油や甘みは必要がなく、香ばしさだけがこれらの野草の風味の引き立て役にほしいとお考え下さい。ひと口に胡麻和えといっても、相手によって摺り加減の工夫が求められるものがあるのをご理解下さい。
(抜粋終わり)
如何です?読んでいるだけで春の香りが口一杯に広がるでしょう。
著者は別なところで「戦争という一世一代の修練に相遭うて乏しさのなかから自然を見直し、家族の命を守ろうとして野草を食べる目が開きました」と書いています。乏しい配給に頼らず、自ら土をおこして畑を作ったそうです。なんとか野草が食べられないかと工夫して、アクを抜いたり乾燥させたり塩蔵したりと工夫することを覚えられたとか。
この文章を読んでいると、そんなご苦労は少しも感じられません。あるのはただ、自然の恵みに対する感謝と、素材の味を十分にいかして楽しもうとする熱心さばかり。それがあんまり生き生きと楽しそうなので、こちらまで元気が出てきます。それに、読んでいると味や歯ごたえが伝わってくる気がするんですよ。今どきのレシピ本では絶対に味わえない楽しさだと思います。
わたしの手持ちの中公文庫によると、この本の初版は1977年だそうです。取り上げられている素材には、今では庶民の手に入り難くなってしまったもの、一般の家庭では使わなくなってしまったものも含まれます。それでも、日本という国の四季の食材、日本人の料理のこころ、工夫の仕方、食の楽しみ方といったことが余すところ無く書かれており、今でも十分に役に立つ料理のヒントがたくさん含まれているので、この1冊だけは絶対に手放したくない愛蔵愛読の本なのです。いまでも比較的手に入り易いはず。中公文庫です。もし機会がありましたら、是非どうぞ。
by poirier_AAA
| 2011-03-18 21:33
| 日本語を読む
|
Comments(3)
Commented
at 2011-03-18 22:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
語り口調がゆったりとしていていいですね。たんぽぽが食べたくなると共に、読んでみたくもなりました。そういえば、たんぽぽ召し上がりますか?私は日本で食べた記憶があまりないのですが、仏に来てから食べるようになりました。いつも生でサラダなのですが、胡麻よごし、よろしいですねぇ。今季まにあうかわかりませんが、試してみたいと思います。
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poirier_AAA at 2011-03-21 16:34
>mjさん、こんにちは。
この本、いいですよ。機会があれば是非読んでみていただきたいです。
フランス人って春先にタンポポの葉を食べるんですよね。わたしは売っているところを見つけられないので食べていませんけれど、デトックス効果があるんだそうです。(春の野草の苦さがいいんですって)わたしは日本にいる頃はフキノトウをよく食べました。あのほろ苦さが春らしくって大好きでしたよ。
この本、いいですよ。機会があれば是非読んでみていただきたいです。
フランス人って春先にタンポポの葉を食べるんですよね。わたしは売っているところを見つけられないので食べていませんけれど、デトックス効果があるんだそうです。(春の野草の苦さがいいんですって)わたしは日本にいる頃はフキノトウをよく食べました。あのほろ苦さが春らしくって大好きでしたよ。