2011年 01月 14日
塩野七生「緋色のヴェネツィア」 |
何を隠そう、この本のお陰で鍋を焦がし夕食のおかずをフイにしました。
副題として「聖マルコ殺人事件」とついていますが、いわゆるミステリーを期待して読むと失望することになります。殺人事件はオマケのようなものです。肝心なのは16世紀前半のヴェネツィアが舞台、ということです。
ヴェネツィアと言えば水の都。運河が縦横に走り、ゴンドラが行き交い、「夏の嵐」とか「ヴェニスに死す」を思い出してしまうせいか独特の雰囲気を持った街というイメージが湧きます。しかし16世紀前半のヴェネツィアは現在のような観光都市ではありません。アドリア海を制するヴェネツィア共和国の中心として、政治的にも実業的にも非常に重要な場所でした。
しかし16世紀前半は、西にスペインとフランス、東にオスマン・トルコ、北には神聖ローマ帝国といった大国が並び立つ時代でした。いずれも若くて勢いのある君主が率いる国なのです。血気盛んで上り調子にある大国に囲まれ、都市型、商工業重点型で栄えて来たイタリアの都市国家群は存亡の危機に陥ります。
物語はマルコ・ダンドロという青年貴族を主人公として語られます。名家に生まれ、30歳に達したマルコは否応無く国の政治に関わることになります。そこで明らかになる世界情勢、ヴェネツィアの存亡をかけた外交抗戦。これがこの本の目玉です。下手なミステリーなんか足下にも及ばないスリリングな面白さがあります。
ヴェネツィア共和国についてはほとんど何も知らないままに読みました。で、感心したことがいくつもありました。国を引き継ぐ次世代の若者たちを育てて一人前にするシステムが、政治面でも実業面でも社会に備わっていたこと。政治家たちが、正しく自分たちの国の事情を把握し、かつ内外の情報収集を怠りなく行っていたこと。高度に洗練された外交手腕を持っていたこと。結果的には大国に飲まれてしまったわけだけれど、1つの国家の有り様としては非常にうまくできていると思いました。
塩野さんの本を読むのは大好きです。と同時に、実はものすごく苦手です。情報量が多すぎるんです。1冊や2冊の史料に当たっただけでは書けないような事柄が本当に惜しげもなく出てくるので、情報量に酔ってしまうのです。文字面は非常に読み易そうなのに絶対に速読できません。ところがこの作品は歴史を物語にしてしまったおかげで、知識の洪水の間にきちんと息継ぎできる場所が用意されている。だから塩野さんの作品の中ではとても読み易い部類にはいるだろうと思います。
そういえば、フランスに引っ越してくる時に、ひょっとして役に立つかと思い高校時代に使った世界史の副読本(史料とか年表、地図などが載っているもの)を荷物に入れてきました。これが今や大活躍。16世紀半ばのヨーロッパ地図を眺めながらこの本を読むと、ヴェネツィア共和国の危機的状況が一目瞭然です。学生の頃はこんなに面白い(はずのこと)を勉強していた(はずな)のに、全然記憶に残っていないなんて勿体ない時間の使い方をしたものだなぁと後悔することしきりです。受験があるから仕方なかったけれど、歴史用語や年号を暗記する暇があるなら塩野さんの本を1ヶ月に1冊読んでレポート1本書いていた方が、よっぽど面白くて役に立ったような気がします。
副題として「聖マルコ殺人事件」とついていますが、いわゆるミステリーを期待して読むと失望することになります。殺人事件はオマケのようなものです。肝心なのは16世紀前半のヴェネツィアが舞台、ということです。
ヴェネツィアと言えば水の都。運河が縦横に走り、ゴンドラが行き交い、「夏の嵐」とか「ヴェニスに死す」を思い出してしまうせいか独特の雰囲気を持った街というイメージが湧きます。しかし16世紀前半のヴェネツィアは現在のような観光都市ではありません。アドリア海を制するヴェネツィア共和国の中心として、政治的にも実業的にも非常に重要な場所でした。
しかし16世紀前半は、西にスペインとフランス、東にオスマン・トルコ、北には神聖ローマ帝国といった大国が並び立つ時代でした。いずれも若くて勢いのある君主が率いる国なのです。血気盛んで上り調子にある大国に囲まれ、都市型、商工業重点型で栄えて来たイタリアの都市国家群は存亡の危機に陥ります。
物語はマルコ・ダンドロという青年貴族を主人公として語られます。名家に生まれ、30歳に達したマルコは否応無く国の政治に関わることになります。そこで明らかになる世界情勢、ヴェネツィアの存亡をかけた外交抗戦。これがこの本の目玉です。下手なミステリーなんか足下にも及ばないスリリングな面白さがあります。
ヴェネツィア共和国についてはほとんど何も知らないままに読みました。で、感心したことがいくつもありました。国を引き継ぐ次世代の若者たちを育てて一人前にするシステムが、政治面でも実業面でも社会に備わっていたこと。政治家たちが、正しく自分たちの国の事情を把握し、かつ内外の情報収集を怠りなく行っていたこと。高度に洗練された外交手腕を持っていたこと。結果的には大国に飲まれてしまったわけだけれど、1つの国家の有り様としては非常にうまくできていると思いました。
塩野さんの本を読むのは大好きです。と同時に、実はものすごく苦手です。情報量が多すぎるんです。1冊や2冊の史料に当たっただけでは書けないような事柄が本当に惜しげもなく出てくるので、情報量に酔ってしまうのです。文字面は非常に読み易そうなのに絶対に速読できません。ところがこの作品は歴史を物語にしてしまったおかげで、知識の洪水の間にきちんと息継ぎできる場所が用意されている。だから塩野さんの作品の中ではとても読み易い部類にはいるだろうと思います。
そういえば、フランスに引っ越してくる時に、ひょっとして役に立つかと思い高校時代に使った世界史の副読本(史料とか年表、地図などが載っているもの)を荷物に入れてきました。これが今や大活躍。16世紀半ばのヨーロッパ地図を眺めながらこの本を読むと、ヴェネツィア共和国の危機的状況が一目瞭然です。学生の頃はこんなに面白い(はずのこと)を勉強していた(はずな)のに、全然記憶に残っていないなんて勿体ない時間の使い方をしたものだなぁと後悔することしきりです。受験があるから仕方なかったけれど、歴史用語や年号を暗記する暇があるなら塩野さんの本を1ヶ月に1冊読んでレポート1本書いていた方が、よっぽど面白くて役に立ったような気がします。
by poirier_AAA
| 2011-01-14 19:03
| 日本語を読む
|
Comments(2)
あら!またもや共通点が(笑)
わたしもローマ人の物語以来、塩野さんの本のファンです。
家族の食事準備も忘れて、その本に没頭した夏休みでした。
塩野さんがあぶりだしたシーザーには「いい男やん!」とすっかり魅せられました。
「チェーザレ・ボルジア・あるいは華麗なる冷酷」「コンスタンティノーブルの陥落」と、どれも引き込まれて読みました。
それでついこの間日本にいる娘に頼んだ本が「しまった!してやられた~!」と思わず口に出し、傍から笑われたのが「十字軍物語」!
ひょっとして塩野さん、このシリーズを書くためにいつの日にかポルトガルまでいらっしゃらないかと実は密かに一人勝手に楽しみにしているのです。
この本はまだ手にしていません。機会があれば!
わたしもローマ人の物語以来、塩野さんの本のファンです。
家族の食事準備も忘れて、その本に没頭した夏休みでした。
塩野さんがあぶりだしたシーザーには「いい男やん!」とすっかり魅せられました。
「チェーザレ・ボルジア・あるいは華麗なる冷酷」「コンスタンティノーブルの陥落」と、どれも引き込まれて読みました。
それでついこの間日本にいる娘に頼んだ本が「しまった!してやられた~!」と思わず口に出し、傍から笑われたのが「十字軍物語」!
ひょっとして塩野さん、このシリーズを書くためにいつの日にかポルトガルまでいらっしゃらないかと実は密かに一人勝手に楽しみにしているのです。
この本はまだ手にしていません。機会があれば!
0
Commented
by
poirier_AAA at 2011-01-15 16:59
>Spacesisさん
やっぱりお好きでしたか。なんとなくそんな気(確信)がしていたんですよ。歴史好きには堪えられない面白さですもんね。
「ローマ人の物語」は、実は未読なんです。1冊目の半ばにさしかかる前に、あまりの情報量の多さとその面白さに悶絶しました。これはただ読みとばすのでは勿体なさ過ぎる!もうちょっと時間ができてから、自分でもいろいろ史料に当たりながら頭の中で整理しながら読まないと、そう思って封印しました。
今は時間があるからタイミング的には絶好のチャンスなんですけれど、最近ちょっと中世〜ルネサンスあたりに興味が惹き付けられていまして、ローマ人とのおつきあいは当分延期です。逆に「チェーザレ・ボルジア」や「コンスタンティノープルの陥落」あたりは、現在の興味のツボにどんぴしゃり、です。
十字軍も面白そうですものね。もう読みたい本が山のようにあって、でも頭は1つだし財布は薄いし家は狭いし、困ってしまいます。
やっぱりお好きでしたか。なんとなくそんな気(確信)がしていたんですよ。歴史好きには堪えられない面白さですもんね。
「ローマ人の物語」は、実は未読なんです。1冊目の半ばにさしかかる前に、あまりの情報量の多さとその面白さに悶絶しました。これはただ読みとばすのでは勿体なさ過ぎる!もうちょっと時間ができてから、自分でもいろいろ史料に当たりながら頭の中で整理しながら読まないと、そう思って封印しました。
今は時間があるからタイミング的には絶好のチャンスなんですけれど、最近ちょっと中世〜ルネサンスあたりに興味が惹き付けられていまして、ローマ人とのおつきあいは当分延期です。逆に「チェーザレ・ボルジア」や「コンスタンティノープルの陥落」あたりは、現在の興味のツボにどんぴしゃり、です。
十字軍も面白そうですものね。もう読みたい本が山のようにあって、でも頭は1つだし財布は薄いし家は狭いし、困ってしまいます。