2017年 09月 16日
きっかけ |
何年か前のポルトガル滞在中のこと。
義両親宅のアラームが止められなくて、
近隣の人たちを巻き込んで大騒ぎになってしまったことがあった。
家を留守にする時はアラームをセットしていく。
帰宅して鍵を開けたら、1分以内にアラームを解除する。
全員で外出した後、用事があった義母と夫を残して、
義父とわたしと子どもたちの4人で一足先に帰宅した。
義母からアラームの解除のやり方を習った義父がアラームを解除する。
‥‥はずだった。
でも、なぜだか簡単なはずのアラーム解除がうまくいかなかった。
近隣一帯に響き渡る大音量でアラームが鳴り始めた。
義父は耳が悪い。
アラームが大音量で鳴っているのに、まったく気がつかない。
さっさと車に乗って義母をピックアップしに出かけてしまった。
残されたわたしたち3人は途方にくれた。
わたしはアラームを管理する警備会社になんとか連絡しようとした。
ポルトガル語は話せないから英語で事情を説明し、止めてくれるように頼んだ。
「止められますよ。でも、そのためにはパスワードが必要です」
パスワード。。。。そんなものがあったとは。
知らない、聞いていなんです。
そういったら、無情にもコンタクトが途絶えた。
あとは大音量のアラームとわたしたち3人が残された。
心配した近所の人が何事かと集まってくる。
子どもたちは恐怖のあまりワァワァ大泣きしている。
永遠に続くかと思われた恐怖の時間が、義母の帰宅で終わった。
聞けば、あっけないほど簡単なアラーム操作であった。
近所の、いつも世話を焼いてくれるご婦人が義母に言った。
ダメよ、誰かが一緒にいなければ。
この人は外国人なのよ。欧州の人ですらないの。
ポルトガル語だって話せないのよ。
今回は間違いで済んだから良かったけれど、
もし本当に困ったことが起きていたらどうするつもりなの。
まだ子どもも小さいじゃないの。
子どもに何かあったらどうするの?
彼女はこれを早口のポルトガル語でまくしたてたのだが、
不思議なことに話の内容は全部しっかりわかってしまった。
アラーム解除に失敗したのはわたしではない。
必要なパスワードを知らなかったのだって、
ここに住んでいないのだから当然といえば当然のことだ。
でも、それ以外は彼女の言っていることは正しい、と思った。
わたしは大人だけれども一人前ではないのだった。
言葉が話せなければ、必要な時に必要な助けも得られない。
そしてわたしの外見は明らかに異質で目立つのだ。
目立つということは狙われても仕方ないということでもある。
外国人なのだから、言葉が話せないのだから、
そんな言葉が心に突き刺さって、いたたまれない気持ちになった。
義両親も夫も、わたしを一切責めなかった。
かわいそうに怖かったでしょうと労られた。
逆に、義父は義母からこってり怒られた。
あなたが普段使い慣れてないからこういうことが起きるのよっ!
このことがあって初めて、義両親の立場に立って考えられるようになった。
義両親は、息子が選んだからというだけで、
自分たちとはまったく異なる人間を家族に持つことになったのである。
言葉も違う。習慣も違う。考え方も違う。
それをあれこれ言う人たちも、おそらくまわりに相当たくさんいただろうと思う。
でも、義両親はそのことをおクビにも出さずにここまで来たのだった。
義両親と話していて、言葉の問題で??となることはあっても、
「外国人だものね」「わたしたちとは違うものね」というような言い方は、
一度たりともされたことがない。
ともすれば、自分たちの間に違いがあることも忘れてしまうくらいだ。
日本人どころかアジア人すらみかけないような田舎で、
なかでも格安が売りで近所の人しかこないようなレストランに、
義両親は平気でわたしや子どもたちを連れて行く。
周りの人はめずらしいのでジロジロ見るが、
義両親はそういうことはまったく気にしていないように見える。
それどころか、東洋風の外見を持つ孫がかわいくて仕方なくて、
知り合いに会うたびに「これが孫で、ポルトガルが大好きで」と自慢する。
国際的であれ、とか、人種差別すべからず、のようなことが言われる。
大上段にふりかぶった「かくあるべし」とはまったく違った次元の、
息をするように自然な義両親の在り方に、感嘆しないではいられない。
同じことが起きたとき、わたしなら同じようには振舞えないかもしれない。
あなたが〜だったらねぇという嫌みの一つも言ってしまうかもしれない。
あぁ、義両親とは人間の格が違いすぎる。
フランス語だけじゃダメだ、ポルトガル語もきちんと話せないと。
そう本気で考えたのはこのときだ。
それがもう何年か前の話というところが、我ながら情けないのだけれども。
ちがうのはしかたない。
でも、歩み寄れるところは歩み寄る努力をしてみよう、
それは自分や家族を守ることでもある、と思うのだ。
初心忘るるべからず、なので、ここに書いておくことにする。
by poirier_AAA
| 2017-09-16 19:58
| 言葉を学ぶ
|
Comments(4)
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きゃすぴえ
at 2017-09-16 22:52
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梨の木さん、お久し振りです。
アラームが鳴っちゃうと怖いですよね。私は大昔、職場でやらかしましたけど、ものすごい大音量で鼓膜が破れるんじゃないかと思いました。
義両親に受け入れてもらえているという安心感は何事にも代え難いですよね。夫婦仲が良いことも大事ですけれど、おっしゃる通り、自分で選んだ相手を大事にするのは当然にせよ、自分の子供が選んだ相手となると、「自分ならこの人は選ばないのに」なんて気持ちが入っちゃうと大事にするのも大変でしょうし。でもきっと、梨の木さんのことを義両親さんたちも大好きなんですよね。
言葉の習得、私も、フランス語がもうちょっとなんとかならなきゃ恥ずかしいんですけど、英語に逃げちゃえる状況にいるせいもあり、住んでる年数を聞かれるたびに身が縮まる思いなんですよ。梨の木さんのブログでやる気を分けてもらっています。
アラームが鳴っちゃうと怖いですよね。私は大昔、職場でやらかしましたけど、ものすごい大音量で鼓膜が破れるんじゃないかと思いました。
義両親に受け入れてもらえているという安心感は何事にも代え難いですよね。夫婦仲が良いことも大事ですけれど、おっしゃる通り、自分で選んだ相手を大事にするのは当然にせよ、自分の子供が選んだ相手となると、「自分ならこの人は選ばないのに」なんて気持ちが入っちゃうと大事にするのも大変でしょうし。でもきっと、梨の木さんのことを義両親さんたちも大好きなんですよね。
言葉の習得、私も、フランス語がもうちょっとなんとかならなきゃ恥ずかしいんですけど、英語に逃げちゃえる状況にいるせいもあり、住んでる年数を聞かれるたびに身が縮まる思いなんですよ。梨の木さんのブログでやる気を分けてもらっています。
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fusk-en25 at 2017-09-17 05:39
10数年まえに、パリ近郊の友達の別荘の留守番に行ってて。
アラーム解除がうまくいかなくて。夫と私で困ったことがありました。
持ち主の友達に電話して。解除してもらいましたが。。
読んでいて。。
日本語を話す日本人同士の特に嫁姑の関係をふと思いました。
人間関係は差別以前の問題かな?。。と。
なんか舌足らずな言い方ですが。。。
外国で暮らすことの意味を、しっかり考えてみようと。
この文を読んで思いましたね。
幸いにして住んで40年、外国人だからと言うことで。
差別感に晒されたことも。困ったことがなかったのも。
甘えて来たからかな?と思ったりもしています。
アラーム解除がうまくいかなくて。夫と私で困ったことがありました。
持ち主の友達に電話して。解除してもらいましたが。。
読んでいて。。
日本語を話す日本人同士の特に嫁姑の関係をふと思いました。
人間関係は差別以前の問題かな?。。と。
なんか舌足らずな言い方ですが。。。
外国で暮らすことの意味を、しっかり考えてみようと。
この文を読んで思いましたね。
幸いにして住んで40年、外国人だからと言うことで。
差別感に晒されたことも。困ったことがなかったのも。
甘えて来たからかな?と思ったりもしています。
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poirier_AAA at 2017-09-17 16:28
> きゃすぴえさん、こんにちは。
あのときは本当に気が狂うかと思いました。思考がふっとぶ大音量だったし、いつ止まるかわからないし。子どもにはトラウマになってしまったみたいです。何も悪いことをしているわけじゃなくても危険なこともなくても、アラームって恐怖を感じますよね。
わたしもずっとフランス語に逃げていました。ポルトガルってどこにでもフランス語を話す人がいますし、ポルトガルに居る間は常に夫と行動を共にしているので、本当に困ったことってなかったのです。でも、こんなことがあると、やっぱり少しでも話せないと自分が困るだけなだ、とわかって。
うふふ、わたしもそんなにモチベーションが高いわけじゃないんです。ずりずりと滑り落ちていくのを食い止めたくてわざわざブログに書いているようなもので。。。そうか、きゃすぴえさんもお仲間でしたか。それじゃあ、お互いにがんばりましょう!
あのときは本当に気が狂うかと思いました。思考がふっとぶ大音量だったし、いつ止まるかわからないし。子どもにはトラウマになってしまったみたいです。何も悪いことをしているわけじゃなくても危険なこともなくても、アラームって恐怖を感じますよね。
わたしもずっとフランス語に逃げていました。ポルトガルってどこにでもフランス語を話す人がいますし、ポルトガルに居る間は常に夫と行動を共にしているので、本当に困ったことってなかったのです。でも、こんなことがあると、やっぱり少しでも話せないと自分が困るだけなだ、とわかって。
うふふ、わたしもそんなにモチベーションが高いわけじゃないんです。ずりずりと滑り落ちていくのを食い止めたくてわざわざブログに書いているようなもので。。。そうか、きゃすぴえさんもお仲間でしたか。それじゃあ、お互いにがんばりましょう!
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poirier_AAA at 2017-09-17 16:49
> fusk-en25さん、こんにちは。
>人間関係は差別以前の問題かな?
それは思います。日本人同士の嫁姑でも関係が悪くなることなんていくらでもありますもの。人と人との関係なんてお互いの心持ち次第ですよ。ただ、その関係が悪くなった時に人は理由をひねり出そうとすることが多いですよね。家の格が違う、育ちが違う、育った土地が違う、言葉が違う。。。
おおっぴらに差別にさらされたことはないですが、わたしは違いは常に意識していると思います。違って嫌だなとか同じになりたいなとか、そういうことではなくて、ただ自分はちょっと違っているみたいで、人もそれに気がついているという自覚です。それは家庭の中に「こちらの人」と「こちらの人ではない自分」がいるから、余計に感じるのかもしれないと思います。
>人間関係は差別以前の問題かな?
それは思います。日本人同士の嫁姑でも関係が悪くなることなんていくらでもありますもの。人と人との関係なんてお互いの心持ち次第ですよ。ただ、その関係が悪くなった時に人は理由をひねり出そうとすることが多いですよね。家の格が違う、育ちが違う、育った土地が違う、言葉が違う。。。
おおっぴらに差別にさらされたことはないですが、わたしは違いは常に意識していると思います。違って嫌だなとか同じになりたいなとか、そういうことではなくて、ただ自分はちょっと違っているみたいで、人もそれに気がついているという自覚です。それは家庭の中に「こちらの人」と「こちらの人ではない自分」がいるから、余計に感じるのかもしれないと思います。