2012年 12月 19日
お腹が痛い騒動 |
息子Aが学校で転んだそうだ。
正確に言うと、高学年の体の大きな子にぶつかられて、ばったり転倒したらしい。
子どもって、遊びに夢中だとまわりのことが目に入らなくなる。
6歳の子と10歳の子では体の大きさも、勢いの激しさも全然違う。
小学校に入ったときから、そういうこともあるだろうなぁとは思っていた。
でも、頭を強打したというわけでもなさそうだし、
まぁ大丈夫でしょうと聞いていた。
それが、夕方になって、お腹が痛いと言い出した。
転んだ後から痛かったけど、今はもっと痛いと言う。
それが昨日の夕食前のこと。
ひょっとして気がつかないうちに腹部を強打していたのかもしれない。
痩せた子だから、本気で何かにぶつかっていたとしたら内蔵に影響が出る。
お腹を触ると心なしか張っているようだし。
一気に不安が増した。
お腹を丸めて少し横になって休んでごらんと毛布をかけてやりながら、
もしこれが重大なことだったらどうしようと考えて、心臓がきゅうっと縮んだ。
不安そうな顔を毛布からのぞかせる息子。
ずいぶん大きくなったけど、まだこんなに小さい。手足だって首だって細い。
小さい頃は、症状が重くなればすぐに命に関わるという不安が常にあった。
最近は、多少のことなら大丈夫だろうという変な安心感を感じるようになった。
でも。
そうは言っても、まだ6歳。
もしこのまま息子が目を開けなかったらどうしよう。
どうしよう、まだまだ安心できる年齢じゃないんだよ。
何か様子が変わったらすぐに教えてねとBに頼んで、
わたしは夕食の仕度にかかった。
しばらくすると子ども部屋から2人で楽しそうに遊ぶ声が聞こえて来た。
な〜んだ、痛いと言っても遊べるくらいなんだ。
一気に緊張が解ける。
Aは、夕食の時にも「痛いんだよ」と言いながら、自分の分はしっかり食べた。
そして、夕食が終わるや否やトイレに駆け込んだ。
‥‥
ママン、もう痛くないよ。
なんのことはない、学校でトイレを我慢して便秘になっていたのでありました。
呆れるやらホッとするやら、夫と顔を見合わせて笑ってしまった。
結局笑い話で済んだのだけれどね、
転んだ、お腹が痛い、それだけで親はこれだけ心配するのだ。
心臓をひやりとした手で握り潰されるような気持ちになるのだ。
それが、
理由が良くわからないけれど鼻血が出てとまらないとか
口内炎が出来続けるとか、
そんなことになったら、その不安たるやどれだけのものだろうと思う。
長い間大事に大事に育てた息子が、
ようやく成人したと思ったら、国のためだと徴兵されて戦場に送られる。
銃を構えて敵を殺せと指示される。
戦争相手の国の無人戦闘機によって、ゴミみたいに殺されるかもしれない。
そんなことがあるかもしれないと、想像しただけでも命が縮む。
親は子どもを心配する。
そうやってみんな育ててもらって来た。
子どもを心配する親の一途さを嘲笑することなかれ。
必死で守ってもらってここまできた自分が、
今度は小さな命を守ることに一生懸命になる。
それが物事の順序だ。
子どもを守りたい、
そんな親の声が、もっともっと大きくなりますように。
まわりからも支えられますように。
子どもを邪険にする大人たち、
あなたの目の前にいる子どもは、小さかったときの自分だよ。
甲状腺検査のため、仰向けで喉をのけぞらせている子どもの映像を見る。
あまりの痛ましさに胸が痛くなる。
こんなこと普通じゃない。
普通じゃないのだ。
正確に言うと、高学年の体の大きな子にぶつかられて、ばったり転倒したらしい。
子どもって、遊びに夢中だとまわりのことが目に入らなくなる。
6歳の子と10歳の子では体の大きさも、勢いの激しさも全然違う。
小学校に入ったときから、そういうこともあるだろうなぁとは思っていた。
でも、頭を強打したというわけでもなさそうだし、
まぁ大丈夫でしょうと聞いていた。
それが、夕方になって、お腹が痛いと言い出した。
転んだ後から痛かったけど、今はもっと痛いと言う。
それが昨日の夕食前のこと。
ひょっとして気がつかないうちに腹部を強打していたのかもしれない。
痩せた子だから、本気で何かにぶつかっていたとしたら内蔵に影響が出る。
お腹を触ると心なしか張っているようだし。
一気に不安が増した。
お腹を丸めて少し横になって休んでごらんと毛布をかけてやりながら、
もしこれが重大なことだったらどうしようと考えて、心臓がきゅうっと縮んだ。
不安そうな顔を毛布からのぞかせる息子。
ずいぶん大きくなったけど、まだこんなに小さい。手足だって首だって細い。
小さい頃は、症状が重くなればすぐに命に関わるという不安が常にあった。
最近は、多少のことなら大丈夫だろうという変な安心感を感じるようになった。
でも。
そうは言っても、まだ6歳。
もしこのまま息子が目を開けなかったらどうしよう。
どうしよう、まだまだ安心できる年齢じゃないんだよ。
何か様子が変わったらすぐに教えてねとBに頼んで、
わたしは夕食の仕度にかかった。
しばらくすると子ども部屋から2人で楽しそうに遊ぶ声が聞こえて来た。
な〜んだ、痛いと言っても遊べるくらいなんだ。
一気に緊張が解ける。
Aは、夕食の時にも「痛いんだよ」と言いながら、自分の分はしっかり食べた。
そして、夕食が終わるや否やトイレに駆け込んだ。
‥‥
ママン、もう痛くないよ。
なんのことはない、学校でトイレを我慢して便秘になっていたのでありました。
呆れるやらホッとするやら、夫と顔を見合わせて笑ってしまった。
結局笑い話で済んだのだけれどね、
転んだ、お腹が痛い、それだけで親はこれだけ心配するのだ。
心臓をひやりとした手で握り潰されるような気持ちになるのだ。
それが、
理由が良くわからないけれど鼻血が出てとまらないとか
口内炎が出来続けるとか、
そんなことになったら、その不安たるやどれだけのものだろうと思う。
長い間大事に大事に育てた息子が、
ようやく成人したと思ったら、国のためだと徴兵されて戦場に送られる。
銃を構えて敵を殺せと指示される。
戦争相手の国の無人戦闘機によって、ゴミみたいに殺されるかもしれない。
そんなことがあるかもしれないと、想像しただけでも命が縮む。
親は子どもを心配する。
そうやってみんな育ててもらって来た。
子どもを心配する親の一途さを嘲笑することなかれ。
必死で守ってもらってここまできた自分が、
今度は小さな命を守ることに一生懸命になる。
それが物事の順序だ。
子どもを守りたい、
そんな親の声が、もっともっと大きくなりますように。
まわりからも支えられますように。
子どもを邪険にする大人たち、
あなたの目の前にいる子どもは、小さかったときの自分だよ。
甲状腺検査のため、仰向けで喉をのけぞらせている子どもの映像を見る。
あまりの痛ましさに胸が痛くなる。
こんなこと普通じゃない。
普通じゃないのだ。
by poirier_AAA
| 2012-12-19 19:56
| 子どもと暮らす
|
Comments(8)
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saheizi-inokori at 2012-12-19 23:25
社会人になってすぐ仙台で見習いをしているとき、夜中に猛烈な腹痛、救急車で病院に運ばれて、○○○をしたらすっとなおりました。
清潔なシーツと美人でやさしい看護婦さん、素晴らしい一夜でした。
清潔なシーツと美人でやさしい看護婦さん、素晴らしい一夜でした。
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Mtonosama at 2012-12-20 09:27
母親の仕事は心配することですよね。
子どもが大きくなっても心配の種はつきません。
昨日読んだ小川洋子のエッセイにも同じようなことが書いてあり、
そうだよなって思ったばかりです。
こんな讃美歌もあります。
母の日の頃、歌うものですが、
♪春は軒の雨、秋は庭の露
母は涙乾く間なく祈ると知らずや♪
時々想い出します。
子どもが大きくなっても心配の種はつきません。
昨日読んだ小川洋子のエッセイにも同じようなことが書いてあり、
そうだよなって思ったばかりです。
こんな讃美歌もあります。
母の日の頃、歌うものですが、
♪春は軒の雨、秋は庭の露
母は涙乾く間なく祈ると知らずや♪
時々想い出します。
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poirier_AAA at 2012-12-20 18:40
>saheiziさん、こんにちは。
それは忘れられない一夜でしたでしょう。病院で看護婦さんに優しくしてもらうと、不思議に気持ちが落ち着くんですよね。
学校のトイレ、あんまり綺麗じゃないようで、息子たちはできるだけ行かないようにしているらしいです。自分の小学校時代を思い出しました。(改築されるまではトイレじゃなくてお便所という言葉がピッタリの場所でした。虫がいるのが怖かった〜)
それは忘れられない一夜でしたでしょう。病院で看護婦さんに優しくしてもらうと、不思議に気持ちが落ち着くんですよね。
学校のトイレ、あんまり綺麗じゃないようで、息子たちはできるだけ行かないようにしているらしいです。自分の小学校時代を思い出しました。(改築されるまではトイレじゃなくてお便所という言葉がピッタリの場所でした。虫がいるのが怖かった〜)
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poirier_AAA at 2012-12-20 18:58
>mtonosamaさん、こんにちは。
そうですね。親は子どもが幾つになっても心配し続けるんでしょうね。90代の祖母も60代の母を心配していました。傍目から見ると90代の祖母の方がよほど危なっかしいのにもかかわらず、です。
わたしは「母さんが夜なべをして」の歌をときどき思い出します。親って、子どものためなら自分の睡眠時間を削るのも、寒さで手がアカギレだらけになるのも、もっといえば自分の命を削るのも苦にならない。若い頃はそういう親の自己犠牲みたいなものが重くてたまりませんでしたが、自分が親になってみるとそっくり同じことをしていて、そうか親ってこういうものなのかと不思議な気持ちになるのです。
そうですね。親は子どもが幾つになっても心配し続けるんでしょうね。90代の祖母も60代の母を心配していました。傍目から見ると90代の祖母の方がよほど危なっかしいのにもかかわらず、です。
わたしは「母さんが夜なべをして」の歌をときどき思い出します。親って、子どものためなら自分の睡眠時間を削るのも、寒さで手がアカギレだらけになるのも、もっといえば自分の命を削るのも苦にならない。若い頃はそういう親の自己犠牲みたいなものが重くてたまりませんでしたが、自分が親になってみるとそっくり同じことをしていて、そうか親ってこういうものなのかと不思議な気持ちになるのです。
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coco
at 2012-12-20 19:29
x
私なんてこの歳でも親をまだ心配させてますよ。。出発するときの
涙ぐんだ母の顔など一生忘れられないと思う。
いっぱしの大人だと、誰にも迷惑などかけてないと思っていても
こうやってまだ小さな子供みたいに心配してくれる親がいるんだ
と思うと胸が痛いですよ。
そうかと思えば生まれたばかりの子を放置しっぱなしの親もいる
のだから母性が誰にでもあるわけではないのかしらね・・・と
考えちゃいます。ましてや子育てに参加などしてない今のじー様
政治家に日本の未来を担う子供たちの事など考える隙間など
ないでしょうね~。
涙ぐんだ母の顔など一生忘れられないと思う。
いっぱしの大人だと、誰にも迷惑などかけてないと思っていても
こうやってまだ小さな子供みたいに心配してくれる親がいるんだ
と思うと胸が痛いですよ。
そうかと思えば生まれたばかりの子を放置しっぱなしの親もいる
のだから母性が誰にでもあるわけではないのかしらね・・・と
考えちゃいます。ましてや子育てに参加などしてない今のじー様
政治家に日本の未来を担う子供たちの事など考える隙間など
ないでしょうね~。
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poirier_AAA at 2012-12-20 20:19
>cocoさん、こんにちは。
遠く離れて住むとなると、親も子も覚悟しますよね。
お互いを心配することもあるけれど、もっといえば、これが最後かもしれないと思いながらの別れです。一時帰国から戻るときは、いつも胸が詰まります。
育児放棄にはいろいろなケースがあると思う。一人きりの育児でノイローゼのようになってしまう人もいるから、母性不足のせいだとは言い切れないですよね。今の日本って、本当に子育てが難しい環境だと思う。家庭も社会もいろいろなものを抱え込めなくなっているでしょう?そのくせ情報だけは人一倍多くて。批判ばかり多くて。育児放棄とか虐待は、社会のひずみのあらわれでしかないという気がします。
遠く離れて住むとなると、親も子も覚悟しますよね。
お互いを心配することもあるけれど、もっといえば、これが最後かもしれないと思いながらの別れです。一時帰国から戻るときは、いつも胸が詰まります。
育児放棄にはいろいろなケースがあると思う。一人きりの育児でノイローゼのようになってしまう人もいるから、母性不足のせいだとは言い切れないですよね。今の日本って、本当に子育てが難しい環境だと思う。家庭も社会もいろいろなものを抱え込めなくなっているでしょう?そのくせ情報だけは人一倍多くて。批判ばかり多くて。育児放棄とか虐待は、社会のひずみのあらわれでしかないという気がします。
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wildrose53 at 2012-12-21 08:15
息子さん、よかったですね。お子さんがいらっしゃると心配なことばかりでしょうね。
義母が兄たちを戦争で亡くした話をするとき、決まって「おかあ、むずせぇ(可哀想)」と言うんですね。母親の気持ちに、自分自身の息子への思いが重なるんだろうと思います。
親とはありがたいものですね。こうして私も守られてきたんだなあと、小さくなった親の姿に会うたびに思います。
たとえ、不遇な環境であっても、親の愛を十分に受けられなかったとしても、誰かがその子を支え守ってあげられるのが成熟した社会だと思います。ひとりじゃ難しいけれど、大勢の目や手、心があったら、救われることもあるんだと思います。そうでなくては。
これだけ情報が氾濫し、誰もがそれを受けとれるような気になってしまいますが、声をあげられない小さないのちにこそ、大人は力を注ぐべきと思います、自戒をこめて。
上に寄せられたコメントに賛美歌の一節がありましたが、とても懐かしく、ぐっときてしまいました。親元を離れ学校の寮にいた頃、この賛美歌を歌うたびにあちこちで鼻をすする音が聞こえましたっけ^^;
義母が兄たちを戦争で亡くした話をするとき、決まって「おかあ、むずせぇ(可哀想)」と言うんですね。母親の気持ちに、自分自身の息子への思いが重なるんだろうと思います。
親とはありがたいものですね。こうして私も守られてきたんだなあと、小さくなった親の姿に会うたびに思います。
たとえ、不遇な環境であっても、親の愛を十分に受けられなかったとしても、誰かがその子を支え守ってあげられるのが成熟した社会だと思います。ひとりじゃ難しいけれど、大勢の目や手、心があったら、救われることもあるんだと思います。そうでなくては。
これだけ情報が氾濫し、誰もがそれを受けとれるような気になってしまいますが、声をあげられない小さないのちにこそ、大人は力を注ぐべきと思います、自戒をこめて。
上に寄せられたコメントに賛美歌の一節がありましたが、とても懐かしく、ぐっときてしまいました。親元を離れ学校の寮にいた頃、この賛美歌を歌うたびにあちこちで鼻をすする音が聞こえましたっけ^^;
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poirier_AAA at 2012-12-21 17:51
>wildroseさん、こんにちは。
義母さんの気持ち、よくわかりますねぇ。
祖母は息子(わたしにとっては叔父)を4歳で突然の病気で亡くしたそうです。自分が子どもを持ってみると、それがいかに祖母にとって大変なことだったか痛いほど良くわかります。そして、幼い子だったから辛いのでなく、例えば戦死とか病死であっても同じように辛い思いをしただろうとも思うのです。親とはそういうものですね。
といって、親になるためには別に血がつながっている必要もないと思うんですよ。子どもに必要なのは、自分を受け入れ、認め、愛して信じて守ってくれる人だと思うからです。結婚していようがいまいが、同性カップルだろうが、そんなことは全然関係ないですよね。
放っておいても子どもは育つ、なんて言いますが、それは社会に子どもを見守る温かさがある時代のことでしょう。今の日本の子どもたちを見ていると、物質的には恵まれていても、決して社会で育ててもらっている感じがしないんですよね。親が必死で孤軍奮闘している感じです。すごく大変な状況だと思います。
義母さんの気持ち、よくわかりますねぇ。
祖母は息子(わたしにとっては叔父)を4歳で突然の病気で亡くしたそうです。自分が子どもを持ってみると、それがいかに祖母にとって大変なことだったか痛いほど良くわかります。そして、幼い子だったから辛いのでなく、例えば戦死とか病死であっても同じように辛い思いをしただろうとも思うのです。親とはそういうものですね。
といって、親になるためには別に血がつながっている必要もないと思うんですよ。子どもに必要なのは、自分を受け入れ、認め、愛して信じて守ってくれる人だと思うからです。結婚していようがいまいが、同性カップルだろうが、そんなことは全然関係ないですよね。
放っておいても子どもは育つ、なんて言いますが、それは社会に子どもを見守る温かさがある時代のことでしょう。今の日本の子どもたちを見ていると、物質的には恵まれていても、決して社会で育ててもらっている感じがしないんですよね。親が必死で孤軍奮闘している感じです。すごく大変な状況だと思います。