2012年 08月 31日
本を選ぶ |
どの本を読むか。
どの本が一番ピッタリ来るか。
考えながら選ぶ時間が楽しい。
本を選ぶのは音楽を選ぶ感覚と似ている。
あるいは今日は何のお茶を飲もうかと考えるのに似ている。
自分の体が欲しているものを探り当て、それを似合うものを探す。
そうそう、そこよそこ。
運良くピッタリ来るものを見つけられた時の嬉しさは、
強張った肩のツボを、他人の指が的確に探し当ててくれる快感とも似ている。
ポルトガルに行く前は、もうフランス的なものなんて真っ平だ、と思った。
フランス語というよりもフランス人的な、あるいは西洋的なと言っても良い、このガチガチの自我と論理の世界から脱したいと思った。日本語でもフランス語でもいいから、もっと感覚に訴えてくるものを読みたいと思った。
選びあぐんで何冊も抱えていった結果、結局手をつけた本は1冊だけ。
前にもちょっと紹介した「星座を見つけよう」(H.A.レイ著)。
実際に夜空を見上げて星を探した日も多かったから、ガイドとして役立った。
でも、それだけじゃない。
星の話を読みながら、宇宙や人間、時間など、いろいろなことを考えた。
気がつけば自分というちっぽけな枠が消え去っている。この爽快感。不安感。
世界は人間を中心に回っているわけじゃないぞ。
パリに帰ってきて、すっかり秋の雰囲気の街を眺めながら手を伸ばしたのは、アントニオ・タブッキの「レクイエム」。イタリア出身のタブッキがポルトガル語で書いた作品で、夏(正確に言うなら、うだるように暑い7月最後の日曜日)のリスボンでの話。そのフランス語訳。過ぎ去りつつある夏と束の間接したポルトガルの風景を惜しむ気持ちが自分にあった。
序文でタブッキが書いている。
「なぜこの小説がポルトガル語で書かれたのかと問われれば、このような物語はポルトガルでしか書けないからだと答えるだろう、それだけだ」
この言葉を読んで、たちまち心をつかまれた。フランス語訳を読みながら言うのも変な話だけれど、こういう感覚の持ち主が好きだ。
タブッキは、代表作のひとつ「供述によるとベレイラは」を昔フランス語で読んだ。
レクイエムを読み始めたらすぐに「供述によるとペレイラは」を読んだ感じを思い出した。ポルトガルを舞台にしていること以外似通ったところはない話なのに、この文章の感じ、同じだ。言葉が難しいことも文章が難しいこともない、ごくごくあっさりした文章のくせに、なんともいえない空気が言葉の間から立ちのぼってくる。これがタブッキかと思う。
タブッキといえば、日本では須賀敦子さんの翻訳で知られている。タブッキの、ここにいるけれどここにいない独特な空間を日本語にするのに、須賀敦子さんほどぴったりの訳者はいなかったんじゃないかと思う。須賀さんの日本語の、日本的な湿度を感じさせない静かで突き放した書き方が、タブッキの居場所の定まらない夢のような世界にはとても似合う。
読書の秋。9月を目前に本屋にも新刊本が並び始めた。
でもあと少し、もう少しの間だけ、この定まらない世界で過ごしたい。
どの本が一番ピッタリ来るか。
考えながら選ぶ時間が楽しい。
本を選ぶのは音楽を選ぶ感覚と似ている。
あるいは今日は何のお茶を飲もうかと考えるのに似ている。
自分の体が欲しているものを探り当て、それを似合うものを探す。
そうそう、そこよそこ。
運良くピッタリ来るものを見つけられた時の嬉しさは、
強張った肩のツボを、他人の指が的確に探し当ててくれる快感とも似ている。
ポルトガルに行く前は、もうフランス的なものなんて真っ平だ、と思った。
フランス語というよりもフランス人的な、あるいは西洋的なと言っても良い、このガチガチの自我と論理の世界から脱したいと思った。日本語でもフランス語でもいいから、もっと感覚に訴えてくるものを読みたいと思った。
選びあぐんで何冊も抱えていった結果、結局手をつけた本は1冊だけ。
前にもちょっと紹介した「星座を見つけよう」(H.A.レイ著)。
実際に夜空を見上げて星を探した日も多かったから、ガイドとして役立った。
でも、それだけじゃない。
星の話を読みながら、宇宙や人間、時間など、いろいろなことを考えた。
気がつけば自分というちっぽけな枠が消え去っている。この爽快感。不安感。
世界は人間を中心に回っているわけじゃないぞ。
パリに帰ってきて、すっかり秋の雰囲気の街を眺めながら手を伸ばしたのは、アントニオ・タブッキの「レクイエム」。イタリア出身のタブッキがポルトガル語で書いた作品で、夏(正確に言うなら、うだるように暑い7月最後の日曜日)のリスボンでの話。そのフランス語訳。過ぎ去りつつある夏と束の間接したポルトガルの風景を惜しむ気持ちが自分にあった。
序文でタブッキが書いている。
「なぜこの小説がポルトガル語で書かれたのかと問われれば、このような物語はポルトガルでしか書けないからだと答えるだろう、それだけだ」
この言葉を読んで、たちまち心をつかまれた。フランス語訳を読みながら言うのも変な話だけれど、こういう感覚の持ち主が好きだ。
タブッキは、代表作のひとつ「供述によるとベレイラは」を昔フランス語で読んだ。
レクイエムを読み始めたらすぐに「供述によるとペレイラは」を読んだ感じを思い出した。ポルトガルを舞台にしていること以外似通ったところはない話なのに、この文章の感じ、同じだ。言葉が難しいことも文章が難しいこともない、ごくごくあっさりした文章のくせに、なんともいえない空気が言葉の間から立ちのぼってくる。これがタブッキかと思う。
タブッキといえば、日本では須賀敦子さんの翻訳で知られている。タブッキの、ここにいるけれどここにいない独特な空間を日本語にするのに、須賀敦子さんほどぴったりの訳者はいなかったんじゃないかと思う。須賀さんの日本語の、日本的な湿度を感じさせない静かで突き放した書き方が、タブッキの居場所の定まらない夢のような世界にはとても似合う。
読書の秋。9月を目前に本屋にも新刊本が並び始めた。
でもあと少し、もう少しの間だけ、この定まらない世界で過ごしたい。
by poirier_AAA
| 2012-08-31 19:02
| フランス語を読む
|
Comments(8)
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Mtonosama at 2012-09-01 06:41
そそりますねぇ。「レクイエム」
「水滸伝」を読み終わったら、読んでみます。
(夏前からずっとこの手のものにはまり続けています)
知人から40年前にポルトガルを旅したときの話を聞きました。
ナザレの海岸には黒い服を着た女性が海に向って佇んでいたし、先の尖った漁船も砂浜に並んでいたそうです。
私は5年位前まさにそういう風景に憧れてナザレを訪ねたのに、カラフルなお土産屋さんが建ち並ぶ観光の街になっていました。
でも、陽光に包まれていながら、なんとなく沈鬱な雰囲気も持ち合わせるポルトガルは印象的な国でした。もう一度行きたいです。
「水滸伝」を読み終わったら、読んでみます。
(夏前からずっとこの手のものにはまり続けています)
知人から40年前にポルトガルを旅したときの話を聞きました。
ナザレの海岸には黒い服を着た女性が海に向って佇んでいたし、先の尖った漁船も砂浜に並んでいたそうです。
私は5年位前まさにそういう風景に憧れてナザレを訪ねたのに、カラフルなお土産屋さんが建ち並ぶ観光の街になっていました。
でも、陽光に包まれていながら、なんとなく沈鬱な雰囲気も持ち合わせるポルトガルは印象的な国でした。もう一度行きたいです。
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saheizi-inokori at 2012-09-01 09:06
本屋の店頭にあふれるのはマーケテイング的な”作りこんだ”作品ばかり。作家の心の必然が書いた本を読みたいですね。
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stanislowski
at 2012-09-01 15:44
x
私の本棚に感覚的なものが多いです。意識的に論理的なものは避けてるのかな?。読書時間はベットでリラックスしながら夜は何も考えず軽いのがいいやって。「しあわせのパン」や「かもめ食堂」などフワフワッとしたものを好む女性は多いはず。
とはいえ、自分の住む環境は突き放した語圏の所なのでしょうか?
こちらでの文章の組み立ても大事で、いちいち言葉尻を気にして傷ついてばかりも居られません。
ドイツ語が分からなかったとき、英語が共通語でしたが、
その時の「you can choice」でさえ、私にはグサッと来たんですよ。
私はブログ選びかな。どのブログがピッタリ来るか探すのが楽しい。あー、夏休みが終わりまた時間に余裕が出来そうな9月、ネットばかりはいけないですよね!
とはいえ、自分の住む環境は突き放した語圏の所なのでしょうか?
こちらでの文章の組み立ても大事で、いちいち言葉尻を気にして傷ついてばかりも居られません。
ドイツ語が分からなかったとき、英語が共通語でしたが、
その時の「you can choice」でさえ、私にはグサッと来たんですよ。
私はブログ選びかな。どのブログがピッタリ来るか探すのが楽しい。あー、夏休みが終わりまた時間に余裕が出来そうな9月、ネットばかりはいけないですよね!
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poirier_AAA at 2012-09-01 18:02
>mtonosamaさん、こんにちは。
水滸伝とか三国志とかといった世界にも憧れます。読み始めたら絶対にはまるでしょうねぇ。タブッキは水と油くらい違いますけど。
今から40年前と言うと、ポルトガルではサラザール政権がようやく終わった頃ですから本当に貧しかったのです。観光客相手の店などがあるはずもなく、貧しいポルトガル人たちは少しでもお金が欲しいとフランスやらスイスやらに出稼ぎに出て行った時代ですね。
今はポルトガルにも世界的な消費文化の波が押し寄せてすっかり変わってしまいました。ナザレは観光のメッカなので特に変化が激しいと思います。でも、ちょっと観光ルートから外れた田舎に行けば、今でものんびりした風景を見ることができますよ。あぁ、殿さんにポルトガルの田舎をお見せしたい〜。
水滸伝とか三国志とかといった世界にも憧れます。読み始めたら絶対にはまるでしょうねぇ。タブッキは水と油くらい違いますけど。
今から40年前と言うと、ポルトガルではサラザール政権がようやく終わった頃ですから本当に貧しかったのです。観光客相手の店などがあるはずもなく、貧しいポルトガル人たちは少しでもお金が欲しいとフランスやらスイスやらに出稼ぎに出て行った時代ですね。
今はポルトガルにも世界的な消費文化の波が押し寄せてすっかり変わってしまいました。ナザレは観光のメッカなので特に変化が激しいと思います。でも、ちょっと観光ルートから外れた田舎に行けば、今でものんびりした風景を見ることができますよ。あぁ、殿さんにポルトガルの田舎をお見せしたい〜。
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poirier_AAA at 2012-09-01 18:27
>saheiziさん、こんにちは。
日本の本屋は、そういう点でも情報が氾濫していて賑やかですよね。フランスの本屋はもっとずっと地味なので、ときどき日本の本屋がものすごく懐かしくなります。
本も大量生産大量消費の時代でしょうか。使い捨て前提の本ばかりになるのは残念です。
日本の本屋は、そういう点でも情報が氾濫していて賑やかですよね。フランスの本屋はもっとずっと地味なので、ときどき日本の本屋がものすごく懐かしくなります。
本も大量生産大量消費の時代でしょうか。使い捨て前提の本ばかりになるのは残念です。
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poirier_AAA at 2012-09-01 18:42
>stanislowskiさん、こんにちは。
わたしもベッドで寝転がって読書するのが一番好きです。少しずつ体勢を替え場所を替え、延々と読み続けるのがいいんですよね。でも、隣に人のいるベッドだと自由が利かないので不便なんです。最近どうも読書量が落ちたのはそのせいかも。
「かもめ食堂」名前だけは聞いたことがありますが、読んだことはないです。ふわふわしたお話なんですか?
わたしはどうかなぁ?最近はずっと日本語の湿度が鬱陶しいなぁと思っていました。「こういう気持ち、わかるでしょ。泣けるよね」みないな感じが漂ってくるとイヤになってしまう。だから多和田葉子さんとか須賀敦子さんのような「わかるでしょう」と言わない文を書く人に惹かれていますね。すっきり気持ちよく眠れるんですよ。
ネットもいい加減にしないと生活が疎かになりますよね。ポルトガルではネット難民だったので、苦労せずにネットに繋がるパリの生活が嬉しく、暇さえあればネットサーフィンしています。もう肩凝りが酷くって。駄目ですよね、これじゃ。
わたしもベッドで寝転がって読書するのが一番好きです。少しずつ体勢を替え場所を替え、延々と読み続けるのがいいんですよね。でも、隣に人のいるベッドだと自由が利かないので不便なんです。最近どうも読書量が落ちたのはそのせいかも。
「かもめ食堂」名前だけは聞いたことがありますが、読んだことはないです。ふわふわしたお話なんですか?
わたしはどうかなぁ?最近はずっと日本語の湿度が鬱陶しいなぁと思っていました。「こういう気持ち、わかるでしょ。泣けるよね」みないな感じが漂ってくるとイヤになってしまう。だから多和田葉子さんとか須賀敦子さんのような「わかるでしょう」と言わない文を書く人に惹かれていますね。すっきり気持ちよく眠れるんですよ。
ネットもいい加減にしないと生活が疎かになりますよね。ポルトガルではネット難民だったので、苦労せずにネットに繋がるパリの生活が嬉しく、暇さえあればネットサーフィンしています。もう肩凝りが酷くって。駄目ですよね、これじゃ。
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coco
at 2012-09-02 14:40
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私もどの本を読もうか、とかこんな本が出てる♪と発見したりだとか
そんな時間が穏やかで凄く好き。選んだ傾向が似てたりすると
現在の気分を自分で見つめてみたりも出来るし。
ただ、いつまでグルグルしても読みたい本が見つからないときは
本当に欲求不満な気持ちになってイライラするけれど!
そんな時間が穏やかで凄く好き。選んだ傾向が似てたりすると
現在の気分を自分で見つめてみたりも出来るし。
ただ、いつまでグルグルしても読みたい本が見つからないときは
本当に欲求不満な気持ちになってイライラするけれど!
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poirier_AAA at 2012-09-02 18:45
>cocoさん、こんにちは。
わたしも、日本にいたときは本屋巡りが大好きでした。会社でストレスがたまると、とりあえず帰り道で本屋にレッツゴー。1時間も彷徨っていると気分が変わるんですよ。
読みたい本が見つからない時は、とりあえず目の前のものを何でも読んでみることにしています。それが意外とツボにはまったりするのよ〜。なんでも自分で選んだのがベストとは限らないものね。そこに字があると読まないではいられなくなる、活字中毒なんです。
わたしも、日本にいたときは本屋巡りが大好きでした。会社でストレスがたまると、とりあえず帰り道で本屋にレッツゴー。1時間も彷徨っていると気分が変わるんですよ。
読みたい本が見つからない時は、とりあえず目の前のものを何でも読んでみることにしています。それが意外とツボにはまったりするのよ〜。なんでも自分で選んだのがベストとは限らないものね。そこに字があると読まないではいられなくなる、活字中毒なんです。