2012年 06月 11日
J.M. Erre「series Z」 |
いつも行く図書館には、隅にちょっとしたコーナーがあって、テーマに沿ったお勧め本を並べておいてくれる。
先日は映画関係の本が並んでいて、中に気になる本があったので借りてきた。タイトルは「シリーズZ」。なんのシリーズだろうねと思っていたら、どうやらZ級映画ということらしい。B級ならよく聞くけれど、Z級とはこれいかに?
ネットで検索したらあった。曰く、
Z級映画とは、A級とかB級とかそういう領域ではもはや計れない、異次元に属する映画の事である。
Z級映画と呼ばれる彼等は、単なる駄作達とは“超えてはならない”一線を画す。B級C級の、単に製作側に才能とか能力とか予算とか時間とかが足りなかっただけのツマラナイ映画には決して生み出せない、狂おしく禍々しい何かを放っている。要はZ級映画とは、あまりにヒドすぎてネタになる、もしくはネタにもならない程ヒドい事自体がネタとなる映画である。
おかしい。
本を開けば、こちらも負けず劣らずの「異次元」ぶり。
ちょっと待ってよ、なに、この変な話は?
と思いながらも、気がつくといつのまにか話の中にどっぷり入り込んでいる。
主人公フェリックス・ザックは33歳。Z級映画をこよなく愛する売れないシナリオ作家の主夫。ZEP(zone d'éducation prioritaire:教育優先地区)の中学で自然科学を教えるエコロジストの妻ソフィーと、1歳の誕生日を迎える一人娘ゾエと、3人でパリのアパートで暮らしている。
そのフェリックスに、ある日出資者が現れた。ランジスの卸市場に店を構える精肉屋イジドール。彼は、肉屋の後継者になるはずの一人息子が映画監督になりたいと言い出したので慌てている。三流シナリオの駄作映画を作って失敗したら、息子が自分のもとに戻って来てくれるに違いないと考え、そのためには金を惜しまない覚悟。
トップレスの女をたくさん出せ、スプラッターな場面を増やせ(家業を思い出す役に立つ)などという勝手な注文を聞きながら、フェリックスは途方に暮れる。というのも、彼の持ち込んだのは老人ホームで連続する老人失踪事件の話だったから。静かな失踪劇の中に、どうやって化け物やらトップレスの女を付け加える?
すっかり筆が止まってしまったフェリックスのもとに連絡が入る。なんと、シナリオとそっくり同じ事件がある老人ホームを舞台に起っていた。そしてさらに驚くことには、ホームの名前も登場人物もなにからなにまでシナリオ通り。どういうことだ?
真っ先に疑いをかけられたフェリックスと、事件担当の捜査官と、大人になりきっていないフェリックスを助けようと乗り出した女たち(妻、母、姉)と、それぞれがそれぞれのやり方で事件を探りにかかる。
物語は、フェリックスの家庭での出来事と会話、フェリックスが書いているZ級映画ブログ、フェリックスが朝目覚めた時に記憶喪失になっていても大丈夫なようにと詳細に書き付けてある日常生活メモ、老人ホームでの出来事と会話、事件担当の捜査官の覚書、フェリックスのシナリオ、と目まぐるしく形状を変えながら進む。最初はとまどったけれど、慣れてくるとこの多重構造が面白い。
構造も面白いけれど、書かれてある内容がいちいち下らなくて笑えた。読みながらたまらず噴き出すこと数知れず。そのたびに「何が可笑しいの?教えて」と家族に聞かれるのだけれど、そこだけ口に出してもこの可笑しさは伝わらない。そんなことで笑ってるの?と逆にこちらのユーモアのレヴェルを疑われるくらいの話で。
例えば‥‥事件を追う捜査官は、自白を促そうとフェリックスをパンツ1枚にして精肉用の冷蔵庫につり下げる。彼は見習いと称して息子を捜査に連れ歩く。なんのことはない、警察官登用試験に落第し続けている息子に少しでも活を入れようと言う魂胆。親の心子知らず。息子は待ち合わせの時間も場所も覚えられない。尾行をすればまかれる。張り込みと称してカフェで甘いものを食べ続ける。監視相手から「ここで待っていて」と言われて列車風カフェで待ち続けているうちに、カフェが動き始めてロンドンに着いてしまう。不振者として警察に連行され、アルカイダの捕虜になってしまったと思いこむ。食事として出てきたのがキュウリのサンドイッチ。これがアルカイダ流の拷問手段か。こんなものに負けてなるものか、自分は絶対に口をわらないぞ。だって自分は何も知らないんだからな。
こうやって書くのも、ちょっと悲しい。
登場人物も設定も出来事も筋の運びもZ級?と思った。でも、そのくせ周到に用意された最後に向かってどんどん引っ張られていくのだ。Z級映画をテーマにZ級映画へのオマージュを随所にちりばめながら、作品自体もZ級映画風の作りになっているという、憎いまでに技巧的な作品。読んでいるうちにそれがわかって来て、後はもう作者の作り上げた異次元で思い切り楽しませてもらう感じ。こんなくだらない話に笑っている自分も情けないけど、巧いのであぁもう周りに何と思われてもいいわ〜と読み続け、最後の最後でZ級を脱した普遍的なテーマに辿り着いて思わず唸る。
巧い、巧すぎる。
最後まで読んでから、また始めに戻って仕組まれた舞台装置を点検した。
面白かった〜。
格調高いフランス語でフランス文学というのもいいけど、現代的で楽しい企みに満ちたこんな作品もいい。図書館のおかげで面白い作家に出会っちゃった。
作者のJ.M. Erreという人は、amazonのサイトによるとペルピニャンのリセでフランス語の先生をしているのだそうだ。こういう国語の先生がいたら面白そうだよ。
それにしてもZ級映画のタイトルが凄すぎる。「火星から来たロブスター男」とか。
こんなタイトルが大事な脳内メモリーを喰っているかと思うと悔しい。でもインパクトがあり過ぎて消したくても消えないのだ。どうにかしてくれ〜。
先日は映画関係の本が並んでいて、中に気になる本があったので借りてきた。タイトルは「シリーズZ」。なんのシリーズだろうねと思っていたら、どうやらZ級映画ということらしい。B級ならよく聞くけれど、Z級とはこれいかに?
ネットで検索したらあった。曰く、
Z級映画とは、A級とかB級とかそういう領域ではもはや計れない、異次元に属する映画の事である。
Z級映画と呼ばれる彼等は、単なる駄作達とは“超えてはならない”一線を画す。B級C級の、単に製作側に才能とか能力とか予算とか時間とかが足りなかっただけのツマラナイ映画には決して生み出せない、狂おしく禍々しい何かを放っている。要はZ級映画とは、あまりにヒドすぎてネタになる、もしくはネタにもならない程ヒドい事自体がネタとなる映画である。
おかしい。
本を開けば、こちらも負けず劣らずの「異次元」ぶり。
ちょっと待ってよ、なに、この変な話は?
と思いながらも、気がつくといつのまにか話の中にどっぷり入り込んでいる。
主人公フェリックス・ザックは33歳。Z級映画をこよなく愛する売れないシナリオ作家の主夫。ZEP(zone d'éducation prioritaire:教育優先地区)の中学で自然科学を教えるエコロジストの妻ソフィーと、1歳の誕生日を迎える一人娘ゾエと、3人でパリのアパートで暮らしている。
そのフェリックスに、ある日出資者が現れた。ランジスの卸市場に店を構える精肉屋イジドール。彼は、肉屋の後継者になるはずの一人息子が映画監督になりたいと言い出したので慌てている。三流シナリオの駄作映画を作って失敗したら、息子が自分のもとに戻って来てくれるに違いないと考え、そのためには金を惜しまない覚悟。
トップレスの女をたくさん出せ、スプラッターな場面を増やせ(家業を思い出す役に立つ)などという勝手な注文を聞きながら、フェリックスは途方に暮れる。というのも、彼の持ち込んだのは老人ホームで連続する老人失踪事件の話だったから。静かな失踪劇の中に、どうやって化け物やらトップレスの女を付け加える?
すっかり筆が止まってしまったフェリックスのもとに連絡が入る。なんと、シナリオとそっくり同じ事件がある老人ホームを舞台に起っていた。そしてさらに驚くことには、ホームの名前も登場人物もなにからなにまでシナリオ通り。どういうことだ?
真っ先に疑いをかけられたフェリックスと、事件担当の捜査官と、大人になりきっていないフェリックスを助けようと乗り出した女たち(妻、母、姉)と、それぞれがそれぞれのやり方で事件を探りにかかる。
物語は、フェリックスの家庭での出来事と会話、フェリックスが書いているZ級映画ブログ、フェリックスが朝目覚めた時に記憶喪失になっていても大丈夫なようにと詳細に書き付けてある日常生活メモ、老人ホームでの出来事と会話、事件担当の捜査官の覚書、フェリックスのシナリオ、と目まぐるしく形状を変えながら進む。最初はとまどったけれど、慣れてくるとこの多重構造が面白い。
構造も面白いけれど、書かれてある内容がいちいち下らなくて笑えた。読みながらたまらず噴き出すこと数知れず。そのたびに「何が可笑しいの?教えて」と家族に聞かれるのだけれど、そこだけ口に出してもこの可笑しさは伝わらない。そんなことで笑ってるの?と逆にこちらのユーモアのレヴェルを疑われるくらいの話で。
例えば‥‥事件を追う捜査官は、自白を促そうとフェリックスをパンツ1枚にして精肉用の冷蔵庫につり下げる。彼は見習いと称して息子を捜査に連れ歩く。なんのことはない、警察官登用試験に落第し続けている息子に少しでも活を入れようと言う魂胆。親の心子知らず。息子は待ち合わせの時間も場所も覚えられない。尾行をすればまかれる。張り込みと称してカフェで甘いものを食べ続ける。監視相手から「ここで待っていて」と言われて列車風カフェで待ち続けているうちに、カフェが動き始めてロンドンに着いてしまう。不振者として警察に連行され、アルカイダの捕虜になってしまったと思いこむ。食事として出てきたのがキュウリのサンドイッチ。これがアルカイダ流の拷問手段か。こんなものに負けてなるものか、自分は絶対に口をわらないぞ。だって自分は何も知らないんだからな。
こうやって書くのも、ちょっと悲しい。
登場人物も設定も出来事も筋の運びもZ級?と思った。でも、そのくせ周到に用意された最後に向かってどんどん引っ張られていくのだ。Z級映画をテーマにZ級映画へのオマージュを随所にちりばめながら、作品自体もZ級映画風の作りになっているという、憎いまでに技巧的な作品。読んでいるうちにそれがわかって来て、後はもう作者の作り上げた異次元で思い切り楽しませてもらう感じ。こんなくだらない話に笑っている自分も情けないけど、巧いのであぁもう周りに何と思われてもいいわ〜と読み続け、最後の最後でZ級を脱した普遍的なテーマに辿り着いて思わず唸る。
巧い、巧すぎる。
最後まで読んでから、また始めに戻って仕組まれた舞台装置を点検した。
面白かった〜。
格調高いフランス語でフランス文学というのもいいけど、現代的で楽しい企みに満ちたこんな作品もいい。図書館のおかげで面白い作家に出会っちゃった。
作者のJ.M. Erreという人は、amazonのサイトによるとペルピニャンのリセでフランス語の先生をしているのだそうだ。こういう国語の先生がいたら面白そうだよ。
それにしてもZ級映画のタイトルが凄すぎる。「火星から来たロブスター男」とか。
こんなタイトルが大事な脳内メモリーを喰っているかと思うと悔しい。でもインパクトがあり過ぎて消したくても消えないのだ。どうにかしてくれ〜。
by poirier_aaa
| 2012-06-11 18:52
| フランス語を読む
|
Comments(2)
Commented
by
Mtonosama at 2012-06-12 07:05
「蠅男」の類?
それとも先日観た「桐島、部活やめるってよ」の劇中映画みたいな映画でしょうか。
もう少し、余裕ができたら私も挑戦してみます。
そして、思いっきり笑いたいです。
それとも先日観た「桐島、部活やめるってよ」の劇中映画みたいな映画でしょうか。
もう少し、余裕ができたら私も挑戦してみます。
そして、思いっきり笑いたいです。
0
Commented
by
poirier_AAA at 2012-06-12 19:23
>mtonosamaさん、こんにちは。
わたしもあまり具体的なイメージが湧かないんですけれど、Z級映画としてゴジラの名前も出て来たんですよ。蠅男は、個人的にはZ級まで行かないんじゃないかという気がします。
こんな話で笑っている自分が情けなく、それでもどんなことでも笑えるのはいいよねと思ったり。ちょっと力が抜けましたよ。
わたしもあまり具体的なイメージが湧かないんですけれど、Z級映画としてゴジラの名前も出て来たんですよ。蠅男は、個人的にはZ級まで行かないんじゃないかという気がします。
こんな話で笑っている自分が情けなく、それでもどんなことでも笑えるのはいいよねと思ったり。ちょっと力が抜けましたよ。