2009年 09月 04日
飯嶋和一「神無き月十番目の夜」 |
ひと月ほど前「雷電本紀」のことを書いたけれど、そもそもこの「神無き月〜」を読まなかったら「雷電」を手に取ることも無かっただろうと思っているので、今日はこちらの紹介。
物語は始まりから不吉な様相を漂わせている。
いきいきとした生活感を漂わせたまま、住民の姿だけがこつ然と消えた村。野戦場の臭気。
そしてすぐに何が起きたかを知ることになる。凄惨としか言いようが無い場面だ。
場面は一転して、すこしずつ、そこに至る顛末があかされる。
この話がどうにもやりきれないのは、登場人物がそれぞれ自分の大切な「何か」を守ろうと必死になった結果がこうだった、ということだ。
村を、村人を守りたい。
自分の田畑を守りたい。
子どもを守りたい。
ようやく手に入れかけた名誉を守りたい。
地位を守りたい。
理想郷のように描写された村が、そうしてすこしずつ歯車が狂って、最後は転げ落ちるように最悪の結末にたどり着く。
起きたことだけを見るならこれは悲劇で、しかも吐き気をもよおすほどの凄惨さだ。
それでも、人間の怖さにぞっとしながらも読まないではいられないし、何度でも読み返してしまう。そのくらいよく出来た作品だと思う。
ひとつには、物語が複数の視点から描写されていること。これは雷電本紀も同じ。しかし「ある出来事」に焦点をしぼっているぶん、こちらの作品の方が複眼的視点が生きていると思う。この出来事の悲劇的な面がきわだってくる。
もうひとつは、ことの背景を語っている中で描かれる、細かい時代考証や雑学的知識がおもしろいこと。日本史の教科書がこのくらいおもしろかったらねぇ、とため息が出るほどだ。
月居騎馬武者とは何で、どう戦うか、なぜ強いのか。
馬のこと。乗馬のこと。
この村がなぜ特殊であったか。他のいわゆる農村とどう違ったのか。
昔の日本人が、何を奉ってどんな風習を持っていたか。
日本史の、いわゆる天下統一がなにをもたらしたか。
ところどころに出てくる男女の出会いの場面も、暗い話のなかでひときわ明るく見える。いや逆か? 牧歌的な場面があるからこそ、その後の闇がおそろしく、やるせないのだ。
とてもおもしろいのだけれど、実を言うと最初の10ページに行き着くまで、かなり混乱した。地名、人名、時間の流れ、事情がまったく理解できず、多分5回くらい読み直したと思う。少しずつ事情が飲み込めてくるとスピードはあがった。けれど、基本的にこの本の密度は濃い。きっちり読んでいかないと物語に入っていけない。
ひらがなが多くてスペースばかりの本はもうたくさん、1日に1冊くらいしか読めない凝縮した話が読みたい、という向きには格好の作品とお勧めしたい。蜜の甘さですぞ。
この作家の作品、何冊も読んでそれぞれ面白かったけれど、一冊を選ぶとしたら迷いなくこれを選ぶ。
物語は始まりから不吉な様相を漂わせている。
いきいきとした生活感を漂わせたまま、住民の姿だけがこつ然と消えた村。野戦場の臭気。
そしてすぐに何が起きたかを知ることになる。凄惨としか言いようが無い場面だ。
場面は一転して、すこしずつ、そこに至る顛末があかされる。
この話がどうにもやりきれないのは、登場人物がそれぞれ自分の大切な「何か」を守ろうと必死になった結果がこうだった、ということだ。
村を、村人を守りたい。
自分の田畑を守りたい。
子どもを守りたい。
ようやく手に入れかけた名誉を守りたい。
地位を守りたい。
理想郷のように描写された村が、そうしてすこしずつ歯車が狂って、最後は転げ落ちるように最悪の結末にたどり着く。
起きたことだけを見るならこれは悲劇で、しかも吐き気をもよおすほどの凄惨さだ。
それでも、人間の怖さにぞっとしながらも読まないではいられないし、何度でも読み返してしまう。そのくらいよく出来た作品だと思う。
ひとつには、物語が複数の視点から描写されていること。これは雷電本紀も同じ。しかし「ある出来事」に焦点をしぼっているぶん、こちらの作品の方が複眼的視点が生きていると思う。この出来事の悲劇的な面がきわだってくる。
もうひとつは、ことの背景を語っている中で描かれる、細かい時代考証や雑学的知識がおもしろいこと。日本史の教科書がこのくらいおもしろかったらねぇ、とため息が出るほどだ。
月居騎馬武者とは何で、どう戦うか、なぜ強いのか。
馬のこと。乗馬のこと。
この村がなぜ特殊であったか。他のいわゆる農村とどう違ったのか。
昔の日本人が、何を奉ってどんな風習を持っていたか。
日本史の、いわゆる天下統一がなにをもたらしたか。
ところどころに出てくる男女の出会いの場面も、暗い話のなかでひときわ明るく見える。いや逆か? 牧歌的な場面があるからこそ、その後の闇がおそろしく、やるせないのだ。
とてもおもしろいのだけれど、実を言うと最初の10ページに行き着くまで、かなり混乱した。地名、人名、時間の流れ、事情がまったく理解できず、多分5回くらい読み直したと思う。少しずつ事情が飲み込めてくるとスピードはあがった。けれど、基本的にこの本の密度は濃い。きっちり読んでいかないと物語に入っていけない。
ひらがなが多くてスペースばかりの本はもうたくさん、1日に1冊くらいしか読めない凝縮した話が読みたい、という向きには格好の作品とお勧めしたい。蜜の甘さですぞ。
この作家の作品、何冊も読んでそれぞれ面白かったけれど、一冊を選ぶとしたら迷いなくこれを選ぶ。
by poirier_AAA
| 2009-09-04 23:02
| 日本語を読む
|
Comments(4)
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by
germanmed at 2014-08-24 08:07
こんにちは!
ようやく読む事ができました。「雷電本紀」の方を先に読みましたが、どちらも非常に面白かったです。本当に、この雑学的知識は凄い。そして、近年は粗くざーっと書いたものが多い中、きっちり綿密丁寧に書かれているのが、とても気持ちよい。
日本にいる時には貪るように大量の本を読んでいたのに、何故かこの作家の事は全く知らずに生きてきて、こちらで教えて頂かなかったら出会う事はなかったと思います。
どうも有難うございました。
ようやく読む事ができました。「雷電本紀」の方を先に読みましたが、どちらも非常に面白かったです。本当に、この雑学的知識は凄い。そして、近年は粗くざーっと書いたものが多い中、きっちり綿密丁寧に書かれているのが、とても気持ちよい。
日本にいる時には貪るように大量の本を読んでいたのに、何故かこの作家の事は全く知らずに生きてきて、こちらで教えて頂かなかったら出会う事はなかったと思います。
どうも有難うございました。
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by
poirier_AAA at 2014-08-25 18:32
>germanmedさん、こんにちは。
うわぁ、感激です。
この作家を面白いと感じる人が増えて、とても嬉しいです。
わたしも、この人の丁寧な下調べと書き込み方が気に入りました。物語の場面となる土地がどんな土地柄で、そこでは人がどんな生活をしているのか、それをきちんと描くことで住民たちのその後の行動に必然性が生まれていますよね。こういう綿密さ丁寧さが、今の大量生産大量消費の本には完全に欠けていると思います。寡作の作家のようですが、これからの作品もとても楽しみです。
くまさんはどんな本を読まれるのでしょうか。機会がありましたら、面白いと思われた本を教えて下さいね。
うわぁ、感激です。
この作家を面白いと感じる人が増えて、とても嬉しいです。
わたしも、この人の丁寧な下調べと書き込み方が気に入りました。物語の場面となる土地がどんな土地柄で、そこでは人がどんな生活をしているのか、それをきちんと描くことで住民たちのその後の行動に必然性が生まれていますよね。こういう綿密さ丁寧さが、今の大量生産大量消費の本には完全に欠けていると思います。寡作の作家のようですが、これからの作品もとても楽しみです。
くまさんはどんな本を読まれるのでしょうか。機会がありましたら、面白いと思われた本を教えて下さいね。
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germanmed at 2014-08-28 07:35
私の読んでいる本は恐らく、梨の木さんが御存知のものばかりだと思いますよー。日本を出てからは、なかなか思うように本が手に入らなくなってしまいましたから、好きなのを繰り返し読むばかりになってしまいましたし。
それだけに、今回のこの作家との出会いは嬉しかったです。
それだけに、今回のこの作家との出会いは嬉しかったです。
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poirier_AAA at 2014-08-28 16:39
>germanmedさん、こんにちは。
わたしも日本を離れてから日本語の読書量はがくんと減りました。本屋巡りができなくなったことと、こちらで買おうとすると値段がかなり高くなることが大きな原因です。くまさんと同じで気に入った本を読み返すことが多いですね。それもまた読むたびに発見があって楽しいものですが。
きちんと書かれた小説が自分の言葉(日本語)で読める、これってものすごく幸福なことですよね。
わたしも日本を離れてから日本語の読書量はがくんと減りました。本屋巡りができなくなったことと、こちらで買おうとすると値段がかなり高くなることが大きな原因です。くまさんと同じで気に入った本を読み返すことが多いですね。それもまた読むたびに発見があって楽しいものですが。
きちんと書かれた小説が自分の言葉(日本語)で読める、これってものすごく幸福なことですよね。